第236話 ののかと柏餅 2
文字数 1,801文字
「いやー、それがね」
理由を話そうとすると、顔がにやつくのが分かる。
「今日は午後から娘が来る予定になってまして、手作りのかしわ餅を持ってきてくれるらしいんです」
通っている幼稚園の行事で、皆でかしわ餅を作るんだとこのあいだ電話で言っていたのだ。楽しみにしてるんだろうなぁ。声が弾んでいた。
「そうか……あなたのとこは、子供さんは離婚した奥さんの方に引き取られてたんでしたね」
しみじみと菅原さんは言う。何でも屋の俺の顧客はほとんどが近所の人間だから、ある程度俺の事情も知っている。俺は苦笑いした。
「でも、月に一度は会えますし。それが今日なんです」
「そうですか。もし、そのかしわ餅がどんな味でも、父親としては胃腸薬を用意してでも食べないといけませんね」
頑張ってください!
菅原さんがエールを送ってくれる。俺はありがたくそれを受け止め、文さんと菅原さんに手を振った。さて、すぐに事務所に戻って部屋を掃除しなくては。
るるんるんるん、と動きも軽く、狭い寝室からお粗末なキッチン、事務所兼応接室を片付ける俺。……傍から見たら、ずいぶん不気味に違いない。だって、いいトシをしたオッサンがプリ○ュアとかいう女の子向けアニメの歌を鼻歌で歌ってるんだもんな。
部屋があらかた(いつもより)キレイになり、文さんにヨダレをつけられたシャツをストリッパーよろしく踊りながら脱いで着替え終わった時、いいタイミングでドアを叩く音。
ココココッ ココココッ。……このノックの仕方は智晴だな。ののかを連れてきてくれるなら、生意気な元義弟の顔を見ても腹は立たない。
「ののか、いらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべ、俺はドアを開ける。そこには予想通り、智晴と手を繋いだののかが立っていた。久しぶりにその姿を見ると、心の底から愛しさが湧き上がってくるのを感じる。まるでサイダーの炭酸みたいだ。ぽこぽこぽこぽこ、無限に湧いてくる。ああ、俺の娘はなんて可愛いんだろう!
ふん、親馬鹿と、笑わば笑え。
「今日は楽しかったか?」
俺はののかを抱き上げた。また重くなったな。子供の成長は早い。
「こんにちは、義兄さん」
おまけの智晴が挨拶してくる。俺は鷹揚に礼を言った。
「ののかの護衛、ごくろうさん。連れてきてくれてさんきゅーな」
我ながら顔面土砂崩れににやけてるんだろうなー、と思いながらののかの顔を覗き込むと、──なんだなんだ、どうしたんだ。
なんで泣きそうな顔をしてるんだ?
「ど、どうしたんだ、ののか?」
俺は焦った。
「どこか痛いのか? そういえば今日は暖かすぎるな。ここに来るまでのあいだに疲れちゃったか?」
ののかは何も言わない。ただぎゅっと俺の服を掴み、胸元に顔を押し付けている。こんなことは初めてだ。ここに来るまでのあいだで何かあったのか?
答を求めるように智晴の顔を見ても、義弟は困ったように微笑んでいるだけだ。途方に暮れた俺は、ただ黙ってののかの背中を撫でるくらいしか出来なかった。
「パパ……」
くぐもった声でののかが呼ぶ。
「何だい?」
「パパはののかのパパよね? ずっとずっと、ののかのパパよね?」
その問いに、俺は胸が詰まった。離婚してから、月に一度しか会えない娘。大人の都合で、この子にはきっと寂しい思いをさせている。
「……ああ、そうだよ。パパはののかが大人になっても、ずっとずっとののかのパパだよ。いつも一緒にはいられないけど、パパがののかのパパだということは、これからも絶対に変わらない」
ののかは、俺の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた。……ちと苦しいが、それに耐えるのも父性愛(?)というものだ。
「パパ、だいすき!」
「パパもののかのこと、大好きだよ」
俺は娘の羽二重餅のように柔らかいほっぺに、ぐりぐりと頬擦りをした。
「パパ、おひげいた~い!」
文句を言いながら、きゃっきゃと喜んでいる。む、朝ちゃんと髭をあたったんだが、もう伸びてきたか? 俺は片手のひらで顎を撫でた。
そんなスキンシップでも落ち着いたのか、ののかはするりと俺の腕の中から逃げ出した。
「パパ、ののか、オレンジジュースのみたい!」
元気が出てきたようだ。俺はののかをソファに座らせ、冷蔵庫で冷やしてあった国産百パーセントのみかんジュースを取り出した。
そうして事務所の隅の小さなキッチンでグラスの用意をしながら、智晴を目で呼ぶ。
「今日、幼稚園のこどもの日行事の付き添いをしてくれたんだろ? 何があったんだ?」
理由を話そうとすると、顔がにやつくのが分かる。
「今日は午後から娘が来る予定になってまして、手作りのかしわ餅を持ってきてくれるらしいんです」
通っている幼稚園の行事で、皆でかしわ餅を作るんだとこのあいだ電話で言っていたのだ。楽しみにしてるんだろうなぁ。声が弾んでいた。
「そうか……あなたのとこは、子供さんは離婚した奥さんの方に引き取られてたんでしたね」
しみじみと菅原さんは言う。何でも屋の俺の顧客はほとんどが近所の人間だから、ある程度俺の事情も知っている。俺は苦笑いした。
「でも、月に一度は会えますし。それが今日なんです」
「そうですか。もし、そのかしわ餅がどんな味でも、父親としては胃腸薬を用意してでも食べないといけませんね」
頑張ってください!
菅原さんがエールを送ってくれる。俺はありがたくそれを受け止め、文さんと菅原さんに手を振った。さて、すぐに事務所に戻って部屋を掃除しなくては。
るるんるんるん、と動きも軽く、狭い寝室からお粗末なキッチン、事務所兼応接室を片付ける俺。……傍から見たら、ずいぶん不気味に違いない。だって、いいトシをしたオッサンがプリ○ュアとかいう女の子向けアニメの歌を鼻歌で歌ってるんだもんな。
部屋があらかた(いつもより)キレイになり、文さんにヨダレをつけられたシャツをストリッパーよろしく踊りながら脱いで着替え終わった時、いいタイミングでドアを叩く音。
ココココッ ココココッ。……このノックの仕方は智晴だな。ののかを連れてきてくれるなら、生意気な元義弟の顔を見ても腹は立たない。
「ののか、いらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべ、俺はドアを開ける。そこには予想通り、智晴と手を繋いだののかが立っていた。久しぶりにその姿を見ると、心の底から愛しさが湧き上がってくるのを感じる。まるでサイダーの炭酸みたいだ。ぽこぽこぽこぽこ、無限に湧いてくる。ああ、俺の娘はなんて可愛いんだろう!
ふん、親馬鹿と、笑わば笑え。
「今日は楽しかったか?」
俺はののかを抱き上げた。また重くなったな。子供の成長は早い。
「こんにちは、義兄さん」
おまけの智晴が挨拶してくる。俺は鷹揚に礼を言った。
「ののかの護衛、ごくろうさん。連れてきてくれてさんきゅーな」
我ながら顔面土砂崩れににやけてるんだろうなー、と思いながらののかの顔を覗き込むと、──なんだなんだ、どうしたんだ。
なんで泣きそうな顔をしてるんだ?
「ど、どうしたんだ、ののか?」
俺は焦った。
「どこか痛いのか? そういえば今日は暖かすぎるな。ここに来るまでのあいだに疲れちゃったか?」
ののかは何も言わない。ただぎゅっと俺の服を掴み、胸元に顔を押し付けている。こんなことは初めてだ。ここに来るまでのあいだで何かあったのか?
答を求めるように智晴の顔を見ても、義弟は困ったように微笑んでいるだけだ。途方に暮れた俺は、ただ黙ってののかの背中を撫でるくらいしか出来なかった。
「パパ……」
くぐもった声でののかが呼ぶ。
「何だい?」
「パパはののかのパパよね? ずっとずっと、ののかのパパよね?」
その問いに、俺は胸が詰まった。離婚してから、月に一度しか会えない娘。大人の都合で、この子にはきっと寂しい思いをさせている。
「……ああ、そうだよ。パパはののかが大人になっても、ずっとずっとののかのパパだよ。いつも一緒にはいられないけど、パパがののかのパパだということは、これからも絶対に変わらない」
ののかは、俺の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた。……ちと苦しいが、それに耐えるのも父性愛(?)というものだ。
「パパ、だいすき!」
「パパもののかのこと、大好きだよ」
俺は娘の羽二重餅のように柔らかいほっぺに、ぐりぐりと頬擦りをした。
「パパ、おひげいた~い!」
文句を言いながら、きゃっきゃと喜んでいる。む、朝ちゃんと髭をあたったんだが、もう伸びてきたか? 俺は片手のひらで顎を撫でた。
そんなスキンシップでも落ち着いたのか、ののかはするりと俺の腕の中から逃げ出した。
「パパ、ののか、オレンジジュースのみたい!」
元気が出てきたようだ。俺はののかをソファに座らせ、冷蔵庫で冷やしてあった国産百パーセントのみかんジュースを取り出した。
そうして事務所の隅の小さなキッチンでグラスの用意をしながら、智晴を目で呼ぶ。
「今日、幼稚園のこどもの日行事の付き添いをしてくれたんだろ? 何があったんだ?」