第258話 皇帝ダリア

文字数 1,819文字

・12月14日 まんまるお月さま

そは真なる円である。

漆黒の深き淵より忽然と現れ出でて、孤高の輝きを放ち、遍く地上を照らす。
大慈大悲と厳酷苛烈の心をもって、光と闇を峻別する……。

「なあ、伝さん……」

「おうん?」

「月を見ると、やっぱり吠えたくなるかい?」

「おぅん……」

「そっか、我慢してるのか……えらいぞ、伝さん」

「おん!」

空にぽっかりお盆のような月。俺はグレートデンの伝さんと夕方の散歩をしている。夕方といっても十二月。もう真っ暗だ。

「今日は本当にびっくりするほど明るいなぁ……」

「おん」

散歩コースで出会う犬友だちの皆さんも、口々に今宵の月を讃えてる。

「やあ、こんばんは、何でも屋さん」

「こんばんは、久保原さん。シロちゃんも」

シロちゃんは真っ白い秋田犬。大型犬同士、伝さんと鷹揚な挨拶を交わしてる。

「いい月ですねぇ。寒いけど」

「本当に。シロちゃん、今夜のお月さまを映したみたいですねぇ」

白い被毛が、街灯の間の闇の中に浮き上がるようだ。

「あはは、シロ、褒められたぞ」

からかうように久保原さんが言うと、シロちゃんは俺のほっぺを舐めてくれた。笑いながら挨拶をして別れると、また次の犬友だちに出会う。

皆が皆、月を賞賛してから寒さを嘆く。いいことだけでもないし、悪いことだけでもない。犬との散歩は、それだから楽しい。犬友だちの皆さんはそれを良く知っている。

「なあ、伝さん」

「おうん?」

「寒いけど、冬の散歩は身体が温まるな」

「おん!」

「ちょいと逸れて、公園コースを軽く走るか?」

「おんおん!」

伝さん、うれしそう。今日の仕事はこれで終わりだから、たまにはこんなふうにサービスしておこう。伝さんには、思いがけないことで世話になることがあるからなぁ……。

一人と一匹で歩きながら、また東の空を見上げる。今夜の月は本当に丸くて……。

あ! 芋満月食べたい。





・12月15日 皇帝ダリア

空は明るいけど曇。少し風があって寒い。

あちこちのお庭でこの間まであんなに咲き誇っていた皇帝ダリアの花も、しょぼんとへたれてきた。寒い時期に咲く花というと杜若か椿くらいしか思いつかなかったけど、ああいうのもあるんだな。初めて見たときはびっくりした。

だってさ、俺の背丈より高いというか、すごく成長した場合は、草丈が五、六メートルにもなるんだって。神社の近くの浜田さんちのがそういう感じ。二階から鑑賞出来る草の花っていうのは珍しい。木ならあるけど、合歓の花とか。

皇帝ダリアは、下から見ると、まさに天を摩す、といった風情で威圧感たっぷりだけど、花は可愛いんだよな。薄紫の、繊細な花弁。冬の日差しに揺れて、透き通るよう。

そんなことを思いながら、頼まれた買い物を届けに国松さんちに戻ってくると、その皇帝ダリアの可憐な花が、庭先でちんまりと鉢植えに。ちなみに膝丈。さっき来た時には気づかなかった

「ああ、その花ですか。この花の少ない時期に、よく咲いてありがたかったですよ」

目をぱちくりさせていると、園芸好きの国松さんがにこにこと教えてくれる。

「これ、皇帝ダリアっていうんですよね。巨人みたいに背の高いのしか見たことなかったので、ちょっとびっくりして」

「巨人……、面白い例えだねぇ」

くすくす笑う国松さんに、ホームセンターで買ってきた花の土や肥料を見せる。頷き、置き場所を指示されて、小さな物置に運び込んだ。

「これねぇ、去年は庭に地植えしてたんだけど」

「そういえば、そうでしたね」

確か、三、四メートルくらいに育って花を咲かせてたと思う。

「遠くから見るぶんには立派でいいんだけど、下から見上げると首が痛くなっちゃうでしょう?」

「ああ……」

特に真下からだったら、花の根元? しか見えないでしょうね。そう言うと、国松さんは苦笑する。

「切花にするにも一苦労だしね。だから、鉢植えにしたんだよ。それだと花がよく見えるから」

「そういう楽しみ方も出来る花なんですね。園芸って奥が深いなぁ……」

「あはは。だから園“芸”っていうのかもしれないよ?」

「そうなんですか?」

「さあ、どうだろう?」

こんなふうに、たまに茶目っ気を出す国松さんとの会話も楽しい。二人で笑いあう。

伸ばされたり、矯められたり、花も大変だけど、そのぶん子孫を残せるんだから、美しさ、可憐さは植物の対人間用生存戦略兵器なのかもしれない。

美しさは、罪? いや、図太さだと思うな。

また来年もきれいに咲いてくれ、あっちの庭、こっちの鉢のしたたかな皇帝ダリアたち。
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