第297話 父の悲哀 男の哀愁加齢臭

文字数 978文字

・11月23日 父の悲哀 男の哀愁加齢臭

今日は風が強い。
寒さに背中をすぼめながら荷物を載せた自転車を押していたら、コンビニ袋を持ってとぼとぼ歩く堀田さんと出合った。

堀田さんは俺も時々行く大型ホームセンターの警備員だ。今日は休みで、愛犬のために餌缶詰を買いに出てきたらしい。職場のペットコーナーで買わなかったのは、愛犬の好む銘柄の缶詰が置かれていないからだとか。

「……で、なんでそんなにしょんぼりしてるんですか? 寒いから、ってわけじゃなさそうですけど」

いつもキリっと男らしい眉が、「ハ」の字になってるんだもんさ。

「いや……最近、スモモちゃんがつれなくてさ」

スモモちゃんとは、堀田さんの愛犬のロングコートチワワの女の子だ。ずーん、と音がしそうなほど肩を落とし、今にも鼻をすすりそうな堀田さんを宥めながら、俺は事情を聞いてみた。

「うん。石鹸なんだ」

「石鹸?」

「そう。風呂の石鹸を変えてから、スモモちゃんが寄り付かなくなってしまって……。前はしょっちゅう俺の膝に乗って、可愛く背伸びして首筋とか背中の匂い嗅ぎに来てたのに、最近は知らん顔」

「じゃあ、元に戻せばいいじゃないですか、石鹸」

「それが、ダメなんだ。ヨメや娘から反対されて。自分じゃ分からないんだけど、今の石鹸に変えてから、加齢臭ってやつが無くなったらしいんだ。年頃の娘に、『お父さんが傷つくと思って黙ってたけど、すっごく臭かったんだから!』とか言われたら、元の石鹸なんて使えないよ……」

スモモちゃんは俺のことが好きだったんじゃなくて、俺の加齢臭が好きだったんだよな、とまた落ち込んでいく堀田さん。

そのあまりにも哀愁漂う姿に、俺は何も言えなかった。

「……」
「……」

寒風吹き荒ぶ(大袈裟か)道端で、無言で佇む男二人。一人は依頼された買い物(本日特売のトイレットペーパー)を自転車に山と積み、一人は片手に小さいコンビニ袋。──全く絵にならない。

「えっと、帰ってその缶詰を開けてやったら、大喜びだと思いますよ、スモモちゃん」

「そうかな……」

「その後、散歩に連れて行けば完璧ですよ! さ、落ち込んでないで! スモモちゃんがお腹すかせて待ってるんでしょう?」

「そ、そうかな?」

「そうですよ!」

「そうか!」

堀田さん、何とか元気を取り戻してくれたみたいだ。微妙なオトコゴコロと飼い主心。俺にも良く分かる、ような気がする。
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