第263話 居酒屋お屯 1
文字数 1,924文字
義兄さん、酔っ払いすぎですよ、と元義弟の智晴に怒られた。
一体、俺が何をしたっていうんだ、智晴。
「お酒、そんなに弱かったですか?」
前より弱くなったんじゃないですか、というトゲトゲした声が頭に響いて、俺は小さく呻いた。完全に宿酔いだ。
俺、何も覚えてないのに。
「覚えてないから簡単に酔えるんですよ」
そ、そんな言い方……。
「ねえ、義兄さん」
な、なんでしょう?
「人に連れられて偶然入った居酒屋で、大衆演劇の役者みたいにウケてるのが自分の義兄だと分かった時の僕の気持ち、分かりますか?」
……分かりません。
「しかも、大晦日」
え? 大晦日だから、酔っ払ってたんじゃないかな……? ほら、俺だってさすがに正月は休みだし。──なんてこと言ったら怒られそうだから、黙ってた。
「居酒屋お屯でしたっけ」
ああ、うん。店開きのチラシ配り頼まれたんだ。十二月三十一日夕方開店、一月一日は午前五時まで店開き特別年越し営業。二、三、四、と正月休みで、五日夕方から通常営業。定休日は月曜。
一週間前から半径一キロの範囲内にポスティングしてて、当日は駅前でチラシを配った。それが終わった報告に行ったら、何でも屋さんの仕事納めに飲んで行ってくださいよ、奢りです、って店主が言ってくれたから、ちょっと飲ませてもらったんだけど……。
「確かにあそこはいい店だと思います。料理は美味いし、いい酒も置いてある。ここからも近いですし」
うん……?
「でもね、知ってます? 昨日の招待客」
招待客? そんなの来てたの? けっこう盛況だったのは、俺のポスティングとチラシ配りの成果だと思ってたんだけど。それと、近年密かな人気を集めてる神社がわりと近いから、その二年参りの客でにぎわってたんじゃないかなぁ。
「とある業界で有名な顔、いくつか見ましたよ。もう引退しているふうだけど、彼らまだ影響力を手放していません。あんな場末の店に来るような人たちじゃないんです」
場末って、智晴。失礼な。あれ、いい場所だよ。騒がしくなく静か過ぎもせず、実は駅にも近いという……。だけど、そんな偉そうな人、いたっけ?
「義兄さんの想像するような、いかにもな様子をするわけないでしょう。その辺のご老人と似たような格好でしたよ、普段、義兄さんが将棋や碁の相手をしてるような」
そうなの……? そういう智治は何で知ってるの? ……ノーコメント? ふーん……。
「でもね、皆何かのセンサーが働くのかな、他のお客は無意識に遠巻きにしてたみたいなのに、義兄さんときたらへらへらと愛想良くして」
何だか分からないけど、失礼を働いたんじゃないなら、いいんじゃないのかなぁ……? え? 何で睨むの?
「気に入られても厄介なんですよ、あの手は。……しかし、そんな人脈があるなんて……あの店主、何者なのか……」
ああ、客が面白がって噂してた。陸上自衛隊出身だから店の名前が「お屯」なんだって。駐屯所の屯。ホントかどうか知らないけど。店主に聞いても笑うだけで答えてくれないんだ。あの人、無口だしね。
「陸上……」
その客が言うには、海上自衛隊のレシピ本で『お艦の味』っていうのがあるから、居酒屋お屯はそれに対抗した陸上自衛隊からの影の刺客なんじゃないかって。オカンがあるならオトンがあったっていいじゃない、ってその人カマっぽく言うから皆がウケて、俺もなんかツボに入っちゃって……あれ? その辺りから記憶が無い……。
「義兄さん……」
さすが、酒場の座敷童子、って。俺大学時代言われてたの、コンパの座敷童子だよ? 俺、別にそこまで酒飲みじゃないから。
「記憶が無いあいだ、何をしていたか教えてあげましょうか?」
え……。
「僕が見た時には、割り箸で南京玉簾ごっこしてました」
なんきんたますだれ……。割り箸で、どうやって?
「だから、“ごっこ”ですよ。──ちょいと叩けばあら不思議、とか拍子木みたいに打ち鳴らしているかと思いきや、大太鼓! と言いざまパッと後ろ向いて柱叩いてウケてました」
……。
「その後も、さて、さて、さては南京玉簾、と歌いながら、次は何をするのかと見ていたら、割り箸を片手ずつ二本持って、バル○ン星人! とかやって……」
……。
「また、皆が面白がって酒を与えるものだから……義兄さん、ものすごく美味そうに飲むんですよ。それでどれだけ酒の注文が増えたか……ホストですか、まったく」
え、なに……。俺、シャンパンタワーとか、やったの……?
「面白がったお客がやってましたね、お猪口タワー。三段くらいで。義兄さん、一番上をひとつ捧げられてました。あとはそのテーブルのお客の人数分。だからそんなに無茶ってわけでもないですけど、とにかくまあ、酒場のアイドルと化してましたよ」
あ、あいどる……?
一体、俺が何をしたっていうんだ、智晴。
「お酒、そんなに弱かったですか?」
前より弱くなったんじゃないですか、というトゲトゲした声が頭に響いて、俺は小さく呻いた。完全に宿酔いだ。
俺、何も覚えてないのに。
「覚えてないから簡単に酔えるんですよ」
そ、そんな言い方……。
「ねえ、義兄さん」
な、なんでしょう?
「人に連れられて偶然入った居酒屋で、大衆演劇の役者みたいにウケてるのが自分の義兄だと分かった時の僕の気持ち、分かりますか?」
……分かりません。
「しかも、大晦日」
え? 大晦日だから、酔っ払ってたんじゃないかな……? ほら、俺だってさすがに正月は休みだし。──なんてこと言ったら怒られそうだから、黙ってた。
「居酒屋お屯でしたっけ」
ああ、うん。店開きのチラシ配り頼まれたんだ。十二月三十一日夕方開店、一月一日は午前五時まで店開き特別年越し営業。二、三、四、と正月休みで、五日夕方から通常営業。定休日は月曜。
一週間前から半径一キロの範囲内にポスティングしてて、当日は駅前でチラシを配った。それが終わった報告に行ったら、何でも屋さんの仕事納めに飲んで行ってくださいよ、奢りです、って店主が言ってくれたから、ちょっと飲ませてもらったんだけど……。
「確かにあそこはいい店だと思います。料理は美味いし、いい酒も置いてある。ここからも近いですし」
うん……?
「でもね、知ってます? 昨日の招待客」
招待客? そんなの来てたの? けっこう盛況だったのは、俺のポスティングとチラシ配りの成果だと思ってたんだけど。それと、近年密かな人気を集めてる神社がわりと近いから、その二年参りの客でにぎわってたんじゃないかなぁ。
「とある業界で有名な顔、いくつか見ましたよ。もう引退しているふうだけど、彼らまだ影響力を手放していません。あんな場末の店に来るような人たちじゃないんです」
場末って、智晴。失礼な。あれ、いい場所だよ。騒がしくなく静か過ぎもせず、実は駅にも近いという……。だけど、そんな偉そうな人、いたっけ?
「義兄さんの想像するような、いかにもな様子をするわけないでしょう。その辺のご老人と似たような格好でしたよ、普段、義兄さんが将棋や碁の相手をしてるような」
そうなの……? そういう智治は何で知ってるの? ……ノーコメント? ふーん……。
「でもね、皆何かのセンサーが働くのかな、他のお客は無意識に遠巻きにしてたみたいなのに、義兄さんときたらへらへらと愛想良くして」
何だか分からないけど、失礼を働いたんじゃないなら、いいんじゃないのかなぁ……? え? 何で睨むの?
「気に入られても厄介なんですよ、あの手は。……しかし、そんな人脈があるなんて……あの店主、何者なのか……」
ああ、客が面白がって噂してた。陸上自衛隊出身だから店の名前が「お屯」なんだって。駐屯所の屯。ホントかどうか知らないけど。店主に聞いても笑うだけで答えてくれないんだ。あの人、無口だしね。
「陸上……」
その客が言うには、海上自衛隊のレシピ本で『お艦の味』っていうのがあるから、居酒屋お屯はそれに対抗した陸上自衛隊からの影の刺客なんじゃないかって。オカンがあるならオトンがあったっていいじゃない、ってその人カマっぽく言うから皆がウケて、俺もなんかツボに入っちゃって……あれ? その辺りから記憶が無い……。
「義兄さん……」
さすが、酒場の座敷童子、って。俺大学時代言われてたの、コンパの座敷童子だよ? 俺、別にそこまで酒飲みじゃないから。
「記憶が無いあいだ、何をしていたか教えてあげましょうか?」
え……。
「僕が見た時には、割り箸で南京玉簾ごっこしてました」
なんきんたますだれ……。割り箸で、どうやって?
「だから、“ごっこ”ですよ。──ちょいと叩けばあら不思議、とか拍子木みたいに打ち鳴らしているかと思いきや、大太鼓! と言いざまパッと後ろ向いて柱叩いてウケてました」
……。
「その後も、さて、さて、さては南京玉簾、と歌いながら、次は何をするのかと見ていたら、割り箸を片手ずつ二本持って、バル○ン星人! とかやって……」
……。
「また、皆が面白がって酒を与えるものだから……義兄さん、ものすごく美味そうに飲むんですよ。それでどれだけ酒の注文が増えたか……ホストですか、まったく」
え、なに……。俺、シャンパンタワーとか、やったの……?
「面白がったお客がやってましたね、お猪口タワー。三段くらいで。義兄さん、一番上をひとつ捧げられてました。あとはそのテーブルのお客の人数分。だからそんなに無茶ってわけでもないですけど、とにかくまあ、酒場のアイドルと化してましたよ」
あ、あいどる……?