第212話 鐵道唱歌

文字数 1,639文字

・9月16日 鐵道唱歌・

鉄道唱歌って、全部で何番まであるんだ?

機嫌よく歌い続ける滝川のお爺さん。……何でも、東海道編だけで六十六番あるそうだ。

以下、山陽・九州編、奥州・盤城線編、北陸地方編、関西・参宮・南海各線編……さらには北海道編、満韓編もあるらしい。

滝川のお爺さんによると、有名だけど殆どの人は一番くらいしか知らないこの歌は、「地理教育鐵道唱歌」というもので、その地方地方の名所や景色を歌詞に盛り込むことにより、子供たちに日本の地理を分かりやすく説くために作られたらしい。

確かに、語呂良く、言葉の響きも美しく、改めて聞くと何だかちょっと感動する。

が。

長い。とにかく長い。よく覚えていられるなぁと思うけど、子供の頃に覚えたことは、歳を取っても忘れないというのは本当なんだな。

「た、滝川さん。ちょっと一息、お茶でもいかがです?」

「うん、そうだの。昔は何番まででも歌えたもんだが、さすがにこの歳になると無理だのぉ」

ほっほっほ、と上品に笑う滝川のお爺さん。客の俺がお茶をすすめるというのも変なもんだとは思うが、放っておくと止まらなくなりそうだからな。

「お孫さんにも聞かせてあげればいいのに」

何気ない俺の言葉に、滝川のお爺さんは項垂れた。

「孫たちは、外国じゃ……」

あー、それは寂しいだろうなぁ。

「まあまあ。俺、明日もお手伝いに来ますし。その時、また続き聞かせてください」

「そうだな。あんた、息子みたいな年だしな。明日も聞いてもらうか」

皺だらけの目尻を下げて、滝川のお爺さんは微笑んだ。

昨日から、俺はここんちの土蔵の整理を手伝いに来ている。何でも、滝川家は昔、この辺り一帯の庄屋みたいなものだったらしい。

そんなわけで家屋敷は広いが、近年、手入れが行き届かず。当主たるご本人の年齢のこともあって、少しずつ色んなものを片付けていこうと一念発起。手始めに土蔵に手を入れたというわけだ。

こういうの、身仕舞というのかな。

子供たちに迷惑掛けたくないし、とお爺さんは言う。

仕事をもらえて、俺はありがたいけど……。
他人ごとながら、何だか寂しいな。





・9月17日 熱田到着・

今日は熱田まで来た。

といっても、実際に来たわけではない。滝川のお爺さんの、鉄道唱歌の旅の話だ。


 めぐみ熱田の御やしろは
  三種の神器の……
   その草薙の神つるぎ
  ……


草薙の剣って、スサノオノミコトが退治したヤマタノオロチの尻尾から出たんだったよな? 三種の神器のひとつだったのか。うーん、知らなかったぜ。俺、勉強不足。三種の……といって出てくるのは、洗濯機、炊飯器、掃除機。……ああ、これって昭和の匂い。

滝川さんちの後は、夕方の犬の散歩。今日は香川さんちのブルテリア、石松くんを預かった。ひょうきんな顔に似合わず(?)この犬種は闘犬なので、努めて人気(・・)ならぬ、犬気の少ない道を選んで歩く。

彼もちゃんと訓練されてる犬なので、無用なケンカはしないけれど。預かっている者の責任として、リスクは避けたい。

「小雨が降ってきたな。石松、家までマラソンするぞ!」

「ボン!」

……石松君の吠え声は、ワン、でも、オン、でもヴァウワウでもなく、「ボン」と聞こえるのだ。

ちなみに、彼は何故「石松」という名なのか、それは香川さんに聞くまでもなくわかる。白地に、片目の周りだけ黒い柄。まさに「森の石松」。





・9月18日 あふぐ清涼紫宸殿・

滝川さんのお爺さんの鉄道唱歌の旅は、京都まで進み、清涼殿&紫宸殿へ。

ん? でも、昔にしたってそんな駅名無いよな?
こういうくだりが「地理教育」の部分なんだろうか。
 

 こゝは桓武のみかどより
    …………
  今も雲井の……
   あふぐ清涼紫宸殿


そういえば、紫宸殿は「地震の時のための建物」ってこの間ラジオで言ってたような気が。おお、さすが地震大国(?)日本! と思ったけど、それって本当かな?

帰ってからネットで調べてみたら、「即位の礼や大嘗祭などの重要行事も行われる」とあった。ラジオパーソナリティの勘違いだったんだろうか。
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