第131話 はんぺんの冒険 2
文字数 2,564文字
「さかばやしさんですか。えっと……」
せめてお礼にお茶くらいご馳走したいが、どうしよう。迷惑かな?
真昼間、こんな寂れた公園にいるくらいだから忙しくはないんだろうが……隙の無いスーツ姿。営業途中で一息入れてるサラリーマンか、はっ、もしや、家族にリストラ・カミングアウトが出来なくて、九時から五時まで黙って外で時間を潰すしかない、哀しい中途採用求職難民だろうか?
辛いよな、リストラ。俺も経験者だからよく分かる。朝から必要以上にきっちりスーツを着こんで会社に行くふりをし、ハローワークに通い、雨が降ってなければこんな公園で、コンビニおにぎりを齧りながら時間を潰すんだよな。
男のそこはかとない黄昏っぷりに、俺はつい自分の体験を重ね合わせてしまった。
その時、どこかで爆竹のような音がした。
何だ? 暴走族のバックファイヤか? まだ昼間なのに五月蝿いなぁ。
あ?
俺は声を上げる暇も無かった。気がついたら、男の腕に捕まえられ、夏樹とともに地面に引き倒されていた。男は俺たちを庇うように覆いかぶさりながら、忙しなく周囲をうかがっている。
な、何だ?
と、空から何かが落ちてくる。それにぴくっと反応した男は、俺たちを抱えたまま素早く木の陰に飛び込んだ。
「あ、あの?」
あまりの驚きに、俺は言葉が出なかった。いきなり地面に引き倒されたり、強引に腕を取られて木陰に引っ張り込まれはしたが、サカバヤシと名乗ったこの男が俺と夏樹に危害を加えるとは、不思議に考えなかった。
「静かに!」
押し殺した声で怒られた。言われたとおり黙って伏せていたが、それっきり何も起こらない。俺はそろそろと頭を上げ、さっき空から降ってきたものを見た。もちろんそれは不思議なペンダントに守られた美少女なんかではなく、どうやら風船の残骸に見えた。
とすれば、さっきの爆竹のような音はこの風船が割れた音か。上空でカラスが鳴いている。どこかから飛んできた風船を、カラスがつついて割ったと考えるのが自然だな。
「あのー、何とも無いようなんですけど、さっきの音、風船が割れた音だったみたいだし。もう立ち上がってもいいですか?」
俺の問いに男は大きな溜息をつき、悪かった、と呟いた。
「いや、悪いとは思いませんけど、……あなたは、俺とこの子を守ろうとしてくれたんでしょう? 日本は銃に縁がないからああいう音が聞こえても危機感を感じないけど、そうでないこともありますしね」
「さかばやしのおじちゃん」
「……何だ?」
「さかばやしのおじちゃんは、ぼでぃーがーどみたいだね。このあいだ葵ちゃんと見たでぃーぶいでぃーとそっくり。かっこいいね」
子供はにっこりと邪気のない笑顔を向ける。その服を軽く叩いて埃を落としてやりながら、男は肩を落とした。
「……動くものと、突然の物音」
サカバヤシは呟いた。
「俺はそれに異様に反応してしまうんだ。悪気は無かった。許して欲しい」
だからか。俺は納得した。夏樹が木の枝から落ちた時、あんなに素早く行動を起こせたのは、彼の習性(?)のせいだったんだな。
それにしても、動くものと突然の物音に過敏反応って……。
「街中を歩くには、不便な体質ですね」
俺の言葉に、サカバヤシは首を垂れた。
「群集は、最悪だ。神経が極限まで尖って、酔う。」
「もしかして、だからこんな人気のない公園にいたんですか?」
サカバヤシは無言で頷いた。
「だが、常にこんな状態というわけじゃない。期間限定だ。今が最高潮で、そのうちある程度までは薄れる」
なんだか、月の満ち欠けみたいだな。今が満月とすれば、半月くらいまでは小さくなるっていうことか?
うーん、芋満月。ふと食べたくなった。
いや、そうじゃなくて。とりあえず、どっか座ろう。近くにベンチもあることだし。さっき地面に引き倒された時の動揺がまだ尾を引いている。危険(?)からの回避行動だとはいえ、俺も夏樹もそんなことに慣れてないもんな。
「そこ、座りませんか? この子から何でこんなところにいたのかも聞かないといけないし」
俺は夏樹を抱っこしてベンチの端に座った。サカバヤシはしばらく逡巡していたようだが、反対側の端っこに腰を下ろした。何故だか居心地悪そうに大きな身体を縮こませているのを横目で見ながら、俺は優しく子供に訊ねた。
「で、夏樹くんは今日はどうして独りなのかな? パパと葵おじちゃんは?」
ここのところ、ハッキリさせておかないとな。芙蓉と葵には小さな子供を独りにするなと叱っておかないと。
「パパは急におしごとで出かけちゃった。葵ちゃんは今日はことわりきれないこんぱが入ったんだって」
夏樹のつたない説明を要約するとこうだ。
父親と叔父が出かけた後、どちらかが帰ってくるまで部屋で大人しくしているようにきつく言い含められたにもかかわらず、それに逆らって独りで外に出かけてしまったのだという。──今日は本当は、ピクニックに連れて行ってもらう約束だったらしい。
だって、窓から見たお外はぴかぴかして、とっても気持ちがよさそうだったんだもん。
子供は拗ねたようにピンクの唇を尖らせた。可愛い。けど、だからこそ危ないんだよ夏樹、今の世の中は! ロリコンショタコンの変態な大人が少なくないというのに。
もちろん、夏樹は大親友のぬいぐるみ、はんぺんを連れていた。終わりの桜を眺めながらトテトテ歩いていると、いきなり中学生くらいの少年にはんぺんをひったくられたという。からかい半分だろうが、未成年とはいえ幼児に対してあまりにも大人気ないんじゃないか。俺は憤慨した。
その後は最初に夏樹が言ったとおりだ。奪われたはんぺんを追いかけて、この公園まで来た。かえして! と叫ぶ夏樹を振り切って、性悪の(そうに決まっている!)少年ははんぺんを持ったままどこかに走り去ったらしい。きっと小さな子供をなぶるのに飽きたんだろう。
精神年齢幾つだ、まったく。
どうしていいか分からなくなった夏樹は、「どうぶつさがしのめいじんのおじちゃん」の俺に助けを求めることを思いついたらしい。俺との通話中にはんぺんを見つけたのは、まさしく「愛」だな。
せめてお礼にお茶くらいご馳走したいが、どうしよう。迷惑かな?
真昼間、こんな寂れた公園にいるくらいだから忙しくはないんだろうが……隙の無いスーツ姿。営業途中で一息入れてるサラリーマンか、はっ、もしや、家族にリストラ・カミングアウトが出来なくて、九時から五時まで黙って外で時間を潰すしかない、哀しい中途採用求職難民だろうか?
辛いよな、リストラ。俺も経験者だからよく分かる。朝から必要以上にきっちりスーツを着こんで会社に行くふりをし、ハローワークに通い、雨が降ってなければこんな公園で、コンビニおにぎりを齧りながら時間を潰すんだよな。
男のそこはかとない黄昏っぷりに、俺はつい自分の体験を重ね合わせてしまった。
その時、どこかで爆竹のような音がした。
何だ? 暴走族のバックファイヤか? まだ昼間なのに五月蝿いなぁ。
あ?
俺は声を上げる暇も無かった。気がついたら、男の腕に捕まえられ、夏樹とともに地面に引き倒されていた。男は俺たちを庇うように覆いかぶさりながら、忙しなく周囲をうかがっている。
な、何だ?
と、空から何かが落ちてくる。それにぴくっと反応した男は、俺たちを抱えたまま素早く木の陰に飛び込んだ。
「あ、あの?」
あまりの驚きに、俺は言葉が出なかった。いきなり地面に引き倒されたり、強引に腕を取られて木陰に引っ張り込まれはしたが、サカバヤシと名乗ったこの男が俺と夏樹に危害を加えるとは、不思議に考えなかった。
「静かに!」
押し殺した声で怒られた。言われたとおり黙って伏せていたが、それっきり何も起こらない。俺はそろそろと頭を上げ、さっき空から降ってきたものを見た。もちろんそれは不思議なペンダントに守られた美少女なんかではなく、どうやら風船の残骸に見えた。
とすれば、さっきの爆竹のような音はこの風船が割れた音か。上空でカラスが鳴いている。どこかから飛んできた風船を、カラスがつついて割ったと考えるのが自然だな。
「あのー、何とも無いようなんですけど、さっきの音、風船が割れた音だったみたいだし。もう立ち上がってもいいですか?」
俺の問いに男は大きな溜息をつき、悪かった、と呟いた。
「いや、悪いとは思いませんけど、……あなたは、俺とこの子を守ろうとしてくれたんでしょう? 日本は銃に縁がないからああいう音が聞こえても危機感を感じないけど、そうでないこともありますしね」
「さかばやしのおじちゃん」
「……何だ?」
「さかばやしのおじちゃんは、ぼでぃーがーどみたいだね。このあいだ葵ちゃんと見たでぃーぶいでぃーとそっくり。かっこいいね」
子供はにっこりと邪気のない笑顔を向ける。その服を軽く叩いて埃を落としてやりながら、男は肩を落とした。
「……動くものと、突然の物音」
サカバヤシは呟いた。
「俺はそれに異様に反応してしまうんだ。悪気は無かった。許して欲しい」
だからか。俺は納得した。夏樹が木の枝から落ちた時、あんなに素早く行動を起こせたのは、彼の習性(?)のせいだったんだな。
それにしても、動くものと突然の物音に過敏反応って……。
「街中を歩くには、不便な体質ですね」
俺の言葉に、サカバヤシは首を垂れた。
「群集は、最悪だ。神経が極限まで尖って、酔う。」
「もしかして、だからこんな人気のない公園にいたんですか?」
サカバヤシは無言で頷いた。
「だが、常にこんな状態というわけじゃない。期間限定だ。今が最高潮で、そのうちある程度までは薄れる」
なんだか、月の満ち欠けみたいだな。今が満月とすれば、半月くらいまでは小さくなるっていうことか?
うーん、芋満月。ふと食べたくなった。
いや、そうじゃなくて。とりあえず、どっか座ろう。近くにベンチもあることだし。さっき地面に引き倒された時の動揺がまだ尾を引いている。危険(?)からの回避行動だとはいえ、俺も夏樹もそんなことに慣れてないもんな。
「そこ、座りませんか? この子から何でこんなところにいたのかも聞かないといけないし」
俺は夏樹を抱っこしてベンチの端に座った。サカバヤシはしばらく逡巡していたようだが、反対側の端っこに腰を下ろした。何故だか居心地悪そうに大きな身体を縮こませているのを横目で見ながら、俺は優しく子供に訊ねた。
「で、夏樹くんは今日はどうして独りなのかな? パパと葵おじちゃんは?」
ここのところ、ハッキリさせておかないとな。芙蓉と葵には小さな子供を独りにするなと叱っておかないと。
「パパは急におしごとで出かけちゃった。葵ちゃんは今日はことわりきれないこんぱが入ったんだって」
夏樹のつたない説明を要約するとこうだ。
父親と叔父が出かけた後、どちらかが帰ってくるまで部屋で大人しくしているようにきつく言い含められたにもかかわらず、それに逆らって独りで外に出かけてしまったのだという。──今日は本当は、ピクニックに連れて行ってもらう約束だったらしい。
だって、窓から見たお外はぴかぴかして、とっても気持ちがよさそうだったんだもん。
子供は拗ねたようにピンクの唇を尖らせた。可愛い。けど、だからこそ危ないんだよ夏樹、今の世の中は! ロリコンショタコンの変態な大人が少なくないというのに。
もちろん、夏樹は大親友のぬいぐるみ、はんぺんを連れていた。終わりの桜を眺めながらトテトテ歩いていると、いきなり中学生くらいの少年にはんぺんをひったくられたという。からかい半分だろうが、未成年とはいえ幼児に対してあまりにも大人気ないんじゃないか。俺は憤慨した。
その後は最初に夏樹が言ったとおりだ。奪われたはんぺんを追いかけて、この公園まで来た。かえして! と叫ぶ夏樹を振り切って、性悪の(そうに決まっている!)少年ははんぺんを持ったままどこかに走り去ったらしい。きっと小さな子供をなぶるのに飽きたんだろう。
精神年齢幾つだ、まったく。
どうしていいか分からなくなった夏樹は、「どうぶつさがしのめいじんのおじちゃん」の俺に助けを求めることを思いついたらしい。俺との通話中にはんぺんを見つけたのは、まさしく「愛」だな。