第204話 猫が拾ったドーベルマン 2
文字数 1,392文字
六月二日
今日は一日雨。
三毛猫は……どこへ行ったやら。多分、このボロビルのどこかにいると思うんだけど。
昨日午後、犬上さんが来た。大きなドーベルマンを連れて。
けど、俺は仕事柄大型犬も見慣れているので(グレートデンの伝さんとか……)、彼女が可愛らしく見えた。実際、同じ犬種だと、雄よりは雌の方が少し小さい。彼女──マリーゴールド号というらしい──も例外ではなく、(ドーベルマンとしては)小柄だということだった。
犬上さんとマリーゴールド号(長いのでマリーちゃんと呼ぶことにする)を事務所兼自宅に迎え入れたその瞬間、三毛猫が毛を逆立てて威嚇するようなそぶりを見せたが、その前から落ち着かなくなっていたマリーちゃんがそわそわと仔犬を呼ぶ声を出したら、三毛猫の腹に頭を埋もれさせて眠っていた仔犬が置きだして、きゅんきゅん鳴いた。人間にたとえたら、「ままー! ままー!」という感じだ。
それを聞いた三毛猫は、仔犬を置いてソファから降りた。自分の何倍も身体の大きい相手を、真ん丸い目でじっと見詰めていたかと思うと、ふっとどこかへ──というか、玄関ドアは閉めてしまってあるので、俺が寝室にしてる部屋に勝手に潜り込み、その後は姿を見せなかった。
それを見送ったマリーちゃんは、ソファで鳴いてる仔犬の全身をぺろぺろ舐めて、静かに授乳し始めた。
「母子で間違いないですね」
俺の呟きに、犬上さんも頷いた。
「ええ、私にもこの子がうちで生まれた仔犬だと、すぐに分かりました。小さくても、それぞれ個性があるので、分かるんです。あなたと、それからあの恩人というか恩猫に、それを信じてもらえたようで、良かったです」
「あの……」
俺は獣医さんに聞いてから、ずっと心に引っかかっていることを訊ねてみることにした。
「何でしょう?」
犬上さんは、小首を傾げてみせる。ムクツケキ男のはずの彼に、どうしてかその仕草は妙に似合うっていた。
「全部で五匹の仔犬を盗まれたと聞いてるんですが、他の四匹の行方は……」
「ご心配ありがとうございます。こちらでも色々調べて、窃盗団はもう警察に引き渡してあるんです。他の四匹はそいつらの隠れ家で見つかりました。ただ、この仔犬──マーガレットの行方だけが分からなくて……どうやら、輸送中に落っことしたらしんですよ」
犬上さんは憤慨していた。
「やつら、どうやって盗んだ仔犬たちを運んでいたか知ってます?」
温厚な犬上さんの表情が、夜叉になった。
「ボストンバッグに詰め込んだんですよ。ぎゅうぎゅうに! 麻酔まで用意して! マリーゴールドも眠らされてました。もし麻酔の量が多すぎたら、死んでましたよ!」
押し殺した声で吐き捨てるように言うと同時に、犬上さんの全身から怒りのオーラがぶわっと噴き出した。って、本当に見えるじゃないけど。どっかから「ゴゴゴ……」とかいう効果音が聞こえてきそうだ。だけど、彼の怒りは分かる。とても分かる。いたいけな仔犬やその母犬にまで、何てことするんだ!
死ねばいいのに!
「そう、そうですよ本当に!」
同意の言葉が返ってきた。俺、声に出してたのか。
「うちの他にも仔犬を盗まれたところがあるんですが、乱暴に扱われたせいでしょう、鞄の中で死んだ子もいるらしいです。全く、赦しがたい。……やつら、人間じゃない!」
今日は一日雨。
三毛猫は……どこへ行ったやら。多分、このボロビルのどこかにいると思うんだけど。
昨日午後、犬上さんが来た。大きなドーベルマンを連れて。
けど、俺は仕事柄大型犬も見慣れているので(グレートデンの伝さんとか……)、彼女が可愛らしく見えた。実際、同じ犬種だと、雄よりは雌の方が少し小さい。彼女──マリーゴールド号というらしい──も例外ではなく、(ドーベルマンとしては)小柄だということだった。
犬上さんとマリーゴールド号(長いのでマリーちゃんと呼ぶことにする)を事務所兼自宅に迎え入れたその瞬間、三毛猫が毛を逆立てて威嚇するようなそぶりを見せたが、その前から落ち着かなくなっていたマリーちゃんがそわそわと仔犬を呼ぶ声を出したら、三毛猫の腹に頭を埋もれさせて眠っていた仔犬が置きだして、きゅんきゅん鳴いた。人間にたとえたら、「ままー! ままー!」という感じだ。
それを聞いた三毛猫は、仔犬を置いてソファから降りた。自分の何倍も身体の大きい相手を、真ん丸い目でじっと見詰めていたかと思うと、ふっとどこかへ──というか、玄関ドアは閉めてしまってあるので、俺が寝室にしてる部屋に勝手に潜り込み、その後は姿を見せなかった。
それを見送ったマリーちゃんは、ソファで鳴いてる仔犬の全身をぺろぺろ舐めて、静かに授乳し始めた。
「母子で間違いないですね」
俺の呟きに、犬上さんも頷いた。
「ええ、私にもこの子がうちで生まれた仔犬だと、すぐに分かりました。小さくても、それぞれ個性があるので、分かるんです。あなたと、それからあの恩人というか恩猫に、それを信じてもらえたようで、良かったです」
「あの……」
俺は獣医さんに聞いてから、ずっと心に引っかかっていることを訊ねてみることにした。
「何でしょう?」
犬上さんは、小首を傾げてみせる。ムクツケキ男のはずの彼に、どうしてかその仕草は妙に似合うっていた。
「全部で五匹の仔犬を盗まれたと聞いてるんですが、他の四匹の行方は……」
「ご心配ありがとうございます。こちらでも色々調べて、窃盗団はもう警察に引き渡してあるんです。他の四匹はそいつらの隠れ家で見つかりました。ただ、この仔犬──マーガレットの行方だけが分からなくて……どうやら、輸送中に落っことしたらしんですよ」
犬上さんは憤慨していた。
「やつら、どうやって盗んだ仔犬たちを運んでいたか知ってます?」
温厚な犬上さんの表情が、夜叉になった。
「ボストンバッグに詰め込んだんですよ。ぎゅうぎゅうに! 麻酔まで用意して! マリーゴールドも眠らされてました。もし麻酔の量が多すぎたら、死んでましたよ!」
押し殺した声で吐き捨てるように言うと同時に、犬上さんの全身から怒りのオーラがぶわっと噴き出した。って、本当に見えるじゃないけど。どっかから「ゴゴゴ……」とかいう効果音が聞こえてきそうだ。だけど、彼の怒りは分かる。とても分かる。いたいけな仔犬やその母犬にまで、何てことするんだ!
死ねばいいのに!
「そう、そうですよ本当に!」
同意の言葉が返ってきた。俺、声に出してたのか。
「うちの他にも仔犬を盗まれたところがあるんですが、乱暴に扱われたせいでしょう、鞄の中で死んだ子もいるらしいです。全く、赦しがたい。……やつら、人間じゃない!」