第203話 猫が拾ったドーベルマン 1

文字数 1,637文字

五月二十八日。

困った。

少し前からこのボロビルに住み着いている三毛猫が、どこからか子犬を拾ってきたんだ。

あー、こら。ドアが開いたからって勝手に部屋に入って来んな! メシを買いに出るところだったのに。おい、勝手にソファに上るな! よけいボロになるじゃないか、もー!

はぁ……。

そういう話を聞いたことがないわけじゃない。自分のところの飼い犬や飼い猫が、野良の子猫や子犬を拾ってきて驚いたという飼い主の話を。だけど、俺がそれを体験するとは思わなかった。

だいたい、この三毛猫は俺が飼ってるんじゃないし。……しょうがないからたまに餌はやってるけど。何たって、あいつはある意味「お尋ね」者だからなぁ。

なんたって、雄の三毛猫だ。出るところに出たら、そりゃー高値がつくだろうって猫だ。

うっかり野良猫してたら、誰かに捕まってしまうだろう。それを知ってかどうかは知らんが、このボロビルにもぐりこんでからは、あいつ、滅多に外に出ようとしなかったんだが……。

どっから拾ってきた、そのドーベルマンの仔犬。

お前、お乳も出ないくせに無謀なやつだな。こら~、俺を睨むな三毛猫め。何を訴えてるんだ? 犬用ミルク買って来いってか? 


そいつの母犬はどこだ~!





五月二十九日。

昨日から、ソファの一角が占領されている。

俺の与えたひざ掛けサイズの毛布にくるまりつつ、拾ってきた子犬の毛づくろいをする三毛猫♂年齢不詳。……父性愛だろうか。

子犬用ミルクは高かった。作るのは俺、子犬用哺乳瓶で授乳するのも俺。……猫の手は役に立たないと決まってるけど。

こら、三毛猫。お前の拾ってきたこいつ、すぐにお前より大きくなるぞ。ドーベルマンなんだから。それにしても……。

子犬、かわいい。

くぅっ!


……はぁ。元気そうは元気そうだけど、一応獣医に連れていっておくか。情報も得られるかもしれないし。





五月三十一日。

嫌な世の中になったもんだなぁ……。
俺は重い溜息をついた。

三日前に居候の三毛猫が拾ってきたドーベルマンの仔犬、どうやらブリーダーから盗み出されたもののようなのだ。そういうペット専門の窃盗団がいるのだと、仔犬の健康状態を診てもらった獣医に聞いた。

でっかい溜息も出ようってもんだ。幸せが逃げていくと言われようとも。

獣医は、大型犬を扱っているケンネルを中心に、あちこち問い合わせてみると言ってくれた。まだお乳の恋しい仔犬、早く母犬に会わせてやりたい。

それにしても三毛猫のやつ、どっから拾ってきたんだろう? それが分かれば、窃盗団のアジトを突き止められるかもしれないんだが。

仔犬は、とりあえず俺が預かることになった。何せ、保父さん(?)がいるし。ミルクだけは俺がやらなきゃならないけど、しょうがない。自営業で良かった。ちょくちょく帰って来れるし。

おうおう、三毛猫が仔犬のお尻を舐めてやってるよ(仔犬はまだ自力で排泄出来ない)。仔犬も気持ち良さそうにしてるし、これはこれで微笑ましいかも。

ぽち○まに投稿してみようかな。





六月一日。

仔犬の飼い主が判明した。

この春ちょっと遅めに産まれた仔犬五匹を何者かに盗まれたという、犬上さん。ドーベルマン専門のブリーダーらしい。

獣医から連絡が来て、俺はほっとした。が、疑うようで申しわけないけど、仔犬を迎えに来るなら、母犬を一緒に連れてきて欲しいと犬上さんに伝えてくれるよう、頼んだ。

疑心暗鬼は良くないかもしれないが、経緯が経緯だし、必要な手順だと思う。顔を合わせた時の母犬と仔犬の反応を見れば、本物の親子なのかどうかを確実に判断出来るだろう(多分)。

それに、三毛猫のやつが納得しないと思うんだ。何となく。

午後には犬上さんが来ることになっているので、今のうちにこなせる依頼はやっておこう。とりあえず、船田さんに頼まれた特売品の買い物、行って来よう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み