第122話 携帯電話の恐怖 6

文字数 2,368文字

 風見鶏  他にも、考えられることはいくらでもあるよ。

 風    い、いくらでも、なのか?

 風見鶏  そう。例えば、恐喝。間違い電話の相手だと分かっ
      てても、気の小さい人だと、あまりに頻繁に「督促」の
      電話が掛かって来ることに堪えかねて、小さい金額だっ
      たら指定された口座に振り込んでしまうこともあるんだ。

 風    そんなの、恐喝っていうより、ただの言いがかりじゃな
      いか。

 風見鶏  しつこさに屈する人もいるからねぇ。
      本当はそういう場合、録音しておいて警察に相談するの
      が一番なんだけど、泣き寝入りする人も多いね。
    


要求された金額が大きいと、警察に相談しようと考える人も出てくるけど、それほどでもない金額だと、厄介事を恐れて警察を敬遠してしまう傾向があると<風見鶏>は言う。



 風    お、恐ろしい話だな……。


無意識にそう打ち込んでいた。指が上下するたびにキーボードがカタカタ鳴る。それをしているのは確かに自分自身なのに、まるで夢の中の出来事のようで現実感がなかった。──いや、現実だと思いたくなかったのかもしれない。

だってさ。現実の方がヘタなホラーよりよっぽど怖いじゃないか。『世にも奇態な物語』みたいなことが実際あり得るんだから。



 風見鶏  確かに。
      本当はもっと怖い話があるけど、これくらいに
      しておくよ。



世の中、知らない方が良い事もたくさんある、と<風見鶏>は言った。

画面に浮かぶ文字を見ながら、俺は細く息を吐いた。<風見鶏>のやつ、いつもだったらもっとからかってくるのにな。……今回は、俺が本当にびびってしまったのを察してくれたんだろうか。



 風見鶏  その、君の知り合いの大学生君のことだけど。

 風    そ、そう、それ。本人は、もう携帯電話自体を変
      えた方がいいのかな、としょんぼりしてたけど、
      それしか策はないのかな、やっぱり。
     


俺は、吉牛の並ですら残してしまっていた野本君の、いつもより痩せて青白くなってしまった顔色を思い出していた。



 風見鶏  普通はそうするのが一番だろうと思うよ。

 風    そっか。そうだよなぁ。



文字を打ち込みつつ、俺は深く納得してしまっていた。
<風見鶏>から話を聞くだに、危ない番号を持つ携帯電話は、たとえお金が掛かったとしても、変えた方がいいとしみじみ思えてくる。



 風見鶏  だけど、他ならぬ君からの相談だからね。
      一肌脱ぐのも吝かではない。

 風    え? ホントに?
      ありがとう、風見鶏。その大学生って、とっても
      真面目な子なんだ。今も真剣に就職活動やってる
      んだよ。そのために大枚はたいて買った携帯だとい
      うのに、ケチがついてしまって……。

 風見鶏  ああ、良くある話だね。
      その彼には気の毒だけれど。

 風    就職活動中は、知らない番号でも出ないわけにい
      かないから、番号登録制は無理って言ってたし
      ……何とか出来るものなら、してやって欲しい。
      頼むよ。

 風見鶏  頼まれてあげるよ。
      その彼の携帯番号、教えてもらえるかな?

 風    うん。



俺は11桁の番号を打ち込んだ。



 風    これでいいのか? っていうか、これだけで何か
      出来るもんなのか?

 風見鶏  充分だよ。私のような職業のものには。



<ウォッチャー>の本領発揮、というところなんだろうか。



 風    それにしても、こう簡単に電話番号が洩れるって、
      どういうことなんだろう? 「個人情報保護」とか、
      一体どうなってるんだろうね。



俺の携帯にも、しょっちゅう妙な電話が掛かってくるんだが、ああいう情報はどっから洩れるんだろう。



 風見鶏  ああ、あれね。



<風見鶏>は、語尾に「(笑)」と入れてきた。珍しい。



 風見鶏  その、いわゆる「個人情報」を保護されて、一番
      利益を得ているのは誰か、君は分かるかな?

 風    え? えーっと……。



俺は考えてみた。よーくよーく考えてみた。
どちらかと言わなくても、あの法律が出来てから、不便になったことの方が多いように思う。

色んな手続きが面倒になったし、そういえば、「それはどう考えてもおかしいんじゃないか」と首を捻ったことがあったのを思い出した。

まだ記憶に新しい国内での地震災害。怪我をした人も多かった。不幸にも亡くなった方も。それなのに、件の「個人情報保護法」が壁になって、病院に収容された怪我人の氏名や年齢を公にして縁者を探すことが出来なかったし、肉親、親族、友人の安否を気遣って調べようにも、やはりこの法律のせいでそれが難しかった、という話をテレビで見たのだ。

その時、俺は思ったのだ、「個人情報保護法」って、何なんだろう、と。



 風見鶏  今、悩んでいるところかな、風。
      あのね。この法律が出来て一番喜んでいるのは、
      実は犯罪者なんだよ。



画面に次々と浮かび上がる文字を、俺はただ呆然と見つめているだけだった。



 風見鶏  ふふ。君のびっくりしてる顔が目に見えるようだな。

 風    う、うん。びっくりした。
      だけど、何でそうなるんだ?



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