第159話 マレーネな夜 12

文字数 1,264文字

「技術を磨いて、自分を磨いて、夏子の究極の理想を目指したけど、俺はなれなかった。そこはもう元のイメージの違いでしか無いって言ってくれたけど……例えばデビッド・ボウイもゲイリー・クーパーもアラン・ドロンも美しい男だけど、みんなタイプが違うでしょ? って言われて納得した」

──デビッド・ボウイがアラン・ドロンになろうとしても、アラン・ドロンがゲイリー・クーパーになろうとしても、不可能でしょう? 共通するのは美しさ。でも、年齢を重ねても美しい人は限られるわ。あなたは、芙蓉。五十歳を過ぎてもその脚線美で人々を魅了した、マレーネ・ディートリッヒになりなさい。

──私の言うことは矛盾してると思う? ねえ、芙蓉。分からない? 私はこう言ってるのよ、上辺を似せろというのではないの。自分に厳しく、ストイックで、努力家だった彼女のように、凛として美しくありなさい。

やわらかな女性のそのままの笑顔で、そう教えてくれた言葉は、今でも座右の銘だと芙蓉は言う。

「ディートリッヒを目指した俺の努力を、夏子は認めてくれた。彼女のようなディーヴァを目指すことは、ディーヴァで有り続けるために彼女がした努力をなぞるのと同じことだから。だから、自分がディートリッヒのイメージを纏うことは諦めたけど……、表現することは諦めなかった」

髪型に、仕草に、話し方に、理想の女の姿を求める。そうやって自分の女装技術を洗練させていったのだと、芙蓉は胸を張った。

「そして、ディートリッヒのような女を創り出すことを諦めたわけでもなかった。色んな人の女装を手伝ったりアドバイスしたりしながら、探してたんだ。俺のイメージをそのまま表現出来る可能性のある男を」

それがあなただよ、何でも屋さん。と芙蓉はきらきらとした目で俺を見た。

あの時(・・・)必要だった変装に、女装を選んだあなたのお友だち(風見鶏)の判断は妥当だった。なんといっても、追っ手の目を欺くには性別を変えてみせるのが一番だからね。彼は俺の女装技術を見込んで服や小物、メイク道具を用意したんだろうけど、半分くらいはあなたに対する冗談だったんじゃないかな? だけど、そのお陰で俺はあなたという逸材を見出すことが出来たんだから、彼には感謝してるんだ」

そんな芙蓉の熱っぽい視線を受け止めながら、俺は顔がひくつくのを感じていた。

<風見鶏>……俺が女装素材(?)として芙蓉に見込まれてしまったのは、お前のせいだったのか。──そりゃあ、色々助けてもらったけど。助かったけど。助けてもらえなかったら殺されてたんだろうけど。

「……」

俺は溜息を吐いた。

<風見鶏>には、死んでしまった弟と、生前のデータという形でも会わせてもらえた。それを考えると、女装くらいどうってことない。そう思えてくる。<風見鶏>だって、芙蓉がずっとそんなこと考えてたなんてさすがに知らなかっただろうし。

インターネットの電脳の海に広がる情報を集めるのはお手の物かもしれないが、人の脳はそこに繋がってないからな。
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