第350話 昏きより 2

文字数 1,908文字

地面に置いたままのクッションの上に、虎豆くんは仔猫を載せた。ぺんぺろぺんぺろ小さい毛玉を舐める。で、俺の顔み上げて「くん! ふぅん……」とか必死に何か訴えてる。

「……虎豆くん、NNNにおびき出されたのかい?」

NNN、それは猫の、猫による、猫のためのネットワーク、らしい。それまで一度も猫を飼ったことがないのに、気がついたらいつの間にか猫を飼っていた、なんていうのはNNNの仕業らしいよ。知らないあいだに猫との縁を結ばれてしまうんだって。

なんと恐ろしい……て、うちにもいるんだよな、居候の三毛猫が。はぁ……。

「その子、連れて帰りたいの?」

たずねてみたら、そうだよ! とばかりに「わん!」と鳴いた。

「……まあ、とりあえずおいで、虎豆くん。リード付けるからね」

溜息を吐きながらリードを見せると、虎豆くんは大人しく繋がれてくれた。そのあいだも、仔猫は「ぴぃあ! みぃあ! ぴゃあ! ぴぃ!」って鳴いてる。こ、このテンプテーションは強力だ。仔猫の哀れな鳴き声ほど、人を惑わすものはない、と断言しておこう。ローレライの歌声よりすごぞ、きっと。

「──もしもし、御堂さん? 虎豆くん保護しました」

携帯から連絡を入れる。御堂さんの安堵に満ちた歓声が聞こえる。心配してたもんなぁ。

「それでですね、虎豆くんはどこも怪我してないし、とっても元気なんですが、ちと問題が……いえいえ、他の犬とケンカしたとか、誰かを噛んだとかそういうことじゃないです。驚かないでくださいね、虎豆くん、──仔猫拾っちゃったんですよ」

ほら、聞こえるでしょう、この哀れな鳴き声が……。

「虎豆くん、仔猫のこと放っておけないみたいで……一緒に連れて帰っていいですか?」

御堂さん、え? あ? 仔猫? ってちょっと混乱してるみたい。──携帯が飼い主に繋がってるのがわかるのか、おねだりみたいにクンクン鳴いたり吠えたり忙しい虎豆くん、必死で鳴く仔猫。俺を中心にカオスがリンクしてる。

「あー……えっと、俺も次の仕事あるので、とにかく虎豆くんそちらに連れて帰りますね」

そう言って通話を切ると、俺の顔を見て、訴えるようにくぅん……と情けなく鼻を鳴らす虎豆くんと、悲痛な声で鳴き続ける仔猫。

「……」

うん、まず写メしておくか。ほーら、虎豆くん、仔猫とツーショット。

クッションの上でうごうごしてる仔猫、こいつは俺の生き別れの兄弟に違いないぜ、とばかりにぺろぺろ舐める虎豆くん。場所は古い祠前──ふう、いい()が撮れたぜ。

「ほら、仔猫は俺が抱っこするから。ちゃんとクッションに乗せて連れていくから。な、虎豆くん」

仔猫の周りを落ち着かなく嗅ぎまわる虎豆くんを宥めながら、クッションごと仔猫を持ち上げようと、ゆっくりしゃがみ込んだとき。

「ん?」

木の間越し、もう斜めになった日差しを受けて、きらりと光る何か。祠の土台の前に転がっている。

「ビー玉? いや、水晶の数珠玉、か……?」

数珠玉だと思ったのは、よく見ると穴が開いてるから。俺の親指の爪くらいの大きさがあるから、けっこう大きめの玉だと思う。弱い冬の陽を集めて凝らせたみたいな色をしてる。薄い黄色かオレンジか琥珀か……。

「なんだっけ、こういうの。シトリン? だったっけ。黄水晶?」

母がこういう石のついたイヤリングを持ってたような気がする。あれ着けてる母さんきれいだったなぁ。どこ行ったっけ、ああいうの……。形見は全部まとめて仕舞っておいたっけか……。

「……」

お寺の近くだし、誰かの数珠が切れて、拾い損ねたこの玉がここに転がったのかもしれない。それか、カラスがどっかからくわえてきたのを、この上で落としたのかも。一応拾って、後でお寺で聞いてみるか、交番に持っていくかな。

「じゃ、行くか、虎豆くん」

クッション持つのに邪魔だから、赤紫とオレンジの部屋着をまた羽織る。虎豆くんはやっぱり飼い主さんの匂いが落ち着くのか、それとも仔猫が気になるのか、俺にぴったりくっついてこっちを見ている。仔猫は俺の胸元でぴゃあぴゃあ。

右手にリード、左腕に仔猫とクッションを抱えて歩き出す前に。

「ありがとうございました!」

祠にお礼を言っておく。仔猫と虎豆くんを保護してくれてたのかもしれないし。……NNNの片棒を担いだ疑惑が無きにしもあらずだけど。あの思いっきりインパクトのある柄の猫は、祠の神様のお使いか、NNNの手先か……。

なんちゃって。

さてと。御堂さんはこの仔猫飼ってくれるかなぁ。ダメなら獣医さんとか知り合いのコンビニ店長に頼んで飼い主探ししなくっちゃ。

「行くぞ、虎豆くん。仔猫、飼ってもらいたかったらいい子にしなきゃダメだぞ?」

「わん!」

尻尾をふりふり、力強い返事。
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