第368話 梅の花は夜空の星 中編
文字数 1,588文字
「俺、桂木さんの気持ち分かるな。椿さんは父親代わりっていうか、父であり、母であり、叔父であり、その全てなんですよ、きっと。だからとても大切な人で……。俺も早くに両親を亡くしましたけど、親戚はいなかったから……。桂木さんみたいに、わが子みたいに可愛がってくれる叔父さんがいるの、うらやましいなぁ。──大人になったからって、捨ててしまえるようなものじゃないですよ」
俺、というか俺と双子の弟が両親を失った時、俺たちはそんなに幼かったわけじゃないけど、あの頃に気遣ってくれる親戚がいたら、やっぱり心強かったと思う。
「そんなものかな」
「そんなものですよ」
そっか、と椿さんは呟く。
「──そんなに恩に着なくてもいいのにな……」
ぽつり、と零す。俺がずっと独身だったの、気にしてるんだろうな、と。
「あの子はとても“良い子”だった。反抗期も無かったくらいだ。子供ながら、遠慮してたんだろう。勉強もスポーツも頑張って、品行方正で……だから、喧嘩出来た時はうれしかったな。やっと打ち解けてくれた、我が侭を言ってくれたって。それでも、やっぱり大学は卒業してほしかったけど──」
せっかくいい大学に進んで、あと一年だったのに……と残念そうだ。大学名、学部名を聞いたら、俺もちょっともったいないと思ってしまった。
「三回生まで行ったんですよね。……学費を気にして、とか?」
理系はお金かかるっていうしなぁ。
「それは心配なかったんだ。姉と義兄の生命保険金は取ってあったから、大学院に進んだって大丈夫なくらいだった。甥が大学を辞めたのは、勉強のほかにやりたいことがあるからと──」
「やりたいこと?」
「漫画を描きたいと」
苦々しそうな表情だ。
「うーん……」
まあ、それで食べていけるかどうか分からない、っていうかとても厳しい世界だというし、親なら普通は「とりあえず大学を卒業してから考えろ」って言うよな。
「確かに絵は上手かったけれど、漫画っていうのは、あれは絵が上手いだけじゃダメだろう? そんな夢みたいなこと言ってないで、とにかく大学だけは出ておけって俺は言ったんだ。卒業と中退とじゃ、就職の時も扱いが違うじゃないか」
成績も良かったのに……と、未だに残念そうだ。
「……だけど、今は家を一軒買えるだけのお金があるんですよね?」
将来についての意見がぶつかって出て行ったけど、今は成功してるっぽい。
「あるらしいな。入院費も払ってくれたし、こんなベッドも買ってくれた。俺には退職金があるんだから、せめてそんなのくらい出させてくれって言ったのに──」
溜息が重い。年長者として色々考えちゃうんだろうなぁ。でもさ、大学中退でもいい仕事に就けたんなら、それでいいんじゃないかと思う。
「桂木さん、今は何をなさってるんですか?」
「漫画家だよ」
「え?」
無造作にそう告げられて、ちょっとびっくりした。反対したてたんじゃなかったっけ。え? ……あ、そっか。反対されたから出て行って、そんで頑張ったのか、桂木さん。
「結局、あの子は夢を叶えて漫画家になったんだ。いや、夢を叶えるというより、志 を果たしたってとこかな」
ペンネームを聞いてみると、俺でも知ってる名前だった。何作もアニメ化されたり映画化されたりしてる、ヒットメーカーだ。
「桂木さん、凄かったんですね……」
俺が修理してた棚は、難しくはないけどややこしい造りで、とにかく色んなサイズの本や雑誌、画集を収納するために作られたようなんだけど、要修理の底板の割れた部分以外に詰め込まれていたあの雑多なジャンルの書籍たちは、桂木さんが漫画を描くための資料だったのか。単純に、読書家なんだな、と思ってた。
本以外にも、ホラーなものから魔法少女系まで、種々雑多なフィギュアが並んでたりして、変わった趣味だなぁ、とは思ってたけど、そういえばあれは映像化された自作品のグッズだったんだな。テレビで見た覚えがある。
俺、というか俺と双子の弟が両親を失った時、俺たちはそんなに幼かったわけじゃないけど、あの頃に気遣ってくれる親戚がいたら、やっぱり心強かったと思う。
「そんなものかな」
「そんなものですよ」
そっか、と椿さんは呟く。
「──そんなに恩に着なくてもいいのにな……」
ぽつり、と零す。俺がずっと独身だったの、気にしてるんだろうな、と。
「あの子はとても“良い子”だった。反抗期も無かったくらいだ。子供ながら、遠慮してたんだろう。勉強もスポーツも頑張って、品行方正で……だから、喧嘩出来た時はうれしかったな。やっと打ち解けてくれた、我が侭を言ってくれたって。それでも、やっぱり大学は卒業してほしかったけど──」
せっかくいい大学に進んで、あと一年だったのに……と残念そうだ。大学名、学部名を聞いたら、俺もちょっともったいないと思ってしまった。
「三回生まで行ったんですよね。……学費を気にして、とか?」
理系はお金かかるっていうしなぁ。
「それは心配なかったんだ。姉と義兄の生命保険金は取ってあったから、大学院に進んだって大丈夫なくらいだった。甥が大学を辞めたのは、勉強のほかにやりたいことがあるからと──」
「やりたいこと?」
「漫画を描きたいと」
苦々しそうな表情だ。
「うーん……」
まあ、それで食べていけるかどうか分からない、っていうかとても厳しい世界だというし、親なら普通は「とりあえず大学を卒業してから考えろ」って言うよな。
「確かに絵は上手かったけれど、漫画っていうのは、あれは絵が上手いだけじゃダメだろう? そんな夢みたいなこと言ってないで、とにかく大学だけは出ておけって俺は言ったんだ。卒業と中退とじゃ、就職の時も扱いが違うじゃないか」
成績も良かったのに……と、未だに残念そうだ。
「……だけど、今は家を一軒買えるだけのお金があるんですよね?」
将来についての意見がぶつかって出て行ったけど、今は成功してるっぽい。
「あるらしいな。入院費も払ってくれたし、こんなベッドも買ってくれた。俺には退職金があるんだから、せめてそんなのくらい出させてくれって言ったのに──」
溜息が重い。年長者として色々考えちゃうんだろうなぁ。でもさ、大学中退でもいい仕事に就けたんなら、それでいいんじゃないかと思う。
「桂木さん、今は何をなさってるんですか?」
「漫画家だよ」
「え?」
無造作にそう告げられて、ちょっとびっくりした。反対したてたんじゃなかったっけ。え? ……あ、そっか。反対されたから出て行って、そんで頑張ったのか、桂木さん。
「結局、あの子は夢を叶えて漫画家になったんだ。いや、夢を叶えるというより、
ペンネームを聞いてみると、俺でも知ってる名前だった。何作もアニメ化されたり映画化されたりしてる、ヒットメーカーだ。
「桂木さん、凄かったんですね……」
俺が修理してた棚は、難しくはないけどややこしい造りで、とにかく色んなサイズの本や雑誌、画集を収納するために作られたようなんだけど、要修理の底板の割れた部分以外に詰め込まれていたあの雑多なジャンルの書籍たちは、桂木さんが漫画を描くための資料だったのか。単純に、読書家なんだな、と思ってた。
本以外にも、ホラーなものから魔法少女系まで、種々雑多なフィギュアが並んでたりして、変わった趣味だなぁ、とは思ってたけど、そういえばあれは映像化された自作品のグッズだったんだな。テレビで見た覚えがある。