第254話 四つ辻の赤い薔薇 その後 1

文字数 2,009文字

今日は晴れてるけど冷える。

せっかくの日差しに、布団を干したいと言う久米のお婆ちゃんの頼みで布団を干して、ついでに庭の掃除。近くの街路樹から落ち葉が飛んでくるんだよな。追加の仕事料に加え、高級手焼き煎餅を箱ごともらってちょっと申しわけない。親戚の旅行土産らしいんだけど、硬いものはそろそろ辛いんだって。

午後の陽が翳る前に取り入れに来ることを約束して、次は銀杏の落ち葉掻き。黄色い葉っぱが重なり合って散らばる様子は、遠くから見ると黄金色の絨毯だ。白い雲の下からのぞく青い空にとても映える。

──見るだけだったらいいんだけどなぁ。

落ち葉を掻いた熊手の重いこと。量があるからもう、わっさわさ。熊手も、安物を使うと先が折れたりするんだよな。だから俺はそこそこの値段のものを使ってる。

それにしても、もしこの銀杏の落ち葉が、全部一万円札だったらどうしよう──。単純作業をしていると頭がヒマだから、しょーもないことを考えてみる。

何百、何千、何万もの諭吉の群れ。それを熊手で掻き集める。風が吹いたら、ひらひら、かさかさ揺れたりして……。

想像したら、うれしいより怖いわ! そんな得体の知れない大金、もし見つけたらホラーだ。とても拾う気になれず、すぐ警察に通報すると思う。俺、小市民。

重いけど、これただの落ち葉で良かったなー、焼きイモしたい、なんて考えつつ、機械的に熊手を動かす。集めた落ち葉は袋に詰めて、あとまだもうちょっと落ちるかな、と銀杏の木を見上げる。

ん?

ああ、あそこ、引っ越しかぁ。

葉を落とした細い梢越しに見える、小奇麗な五階建てマンション。その角部屋に、荷物を持った人が数人慌しく出入りしている。入居かな? いや、退去っぽい。エレベーターに入らない荷物とかあったら階段だよな。引越し業者も大変だ。ああいうのたまに手伝ったりするけど、まだ落ち葉掻きのほうが楽かなぁ……。

そんなこと思いながら腰をトントン叩いていると、落ち葉掻き依頼者の古町さんがやってきた。

「ああ、だいぶすっきりしましたね。ご苦労さまです、何でも屋さん」

「いえいえ。今年の落ち葉もあともう少しですよ、ほら」

そうですね、と笑顔で銀杏の木を見上げた古町さんは、あ、と声を上げた。「今日が退去の日だったか……」と呟く。

「ご存知の方ですか?」

ご近所ですもんね、と何気なく訊ねてみただけなのに、古町さんは微妙な表情になった。

「──あそこに住んでた人、つい二週間ほど前に亡くなったらしいんですよ」

「あ……そうなんですか……」

古町さんによると、それはまだ若い男性だったそうだ。独り暮らしが災いして、発見が遅れたとか。独り暮らしか……。う、なんか身につまされるな……。

「勤め先の会社から、週明けから無断欠勤していて本人と連絡が取れない、と連絡を受けた実家のお姉さんが様子を見に来て、それで死んでいるのが分かったらしいんですが、ちょっと気味の悪い亡くなり方で……」

インターフォンを押してもドアを叩いても返事が無く、弟の携帯を呼び出してみたら中でコール音が聞こえるけど出る気配は無い。それで預かっていた合鍵で入ってみると、部屋中に散らばった赤い薔薇の花と、そこに埋もれるようにして死んでいる弟の亡骸を見つけたのだという。

「……」

心臓が嫌な音を立てた。あの日、四辻の赤い薔薇。行く先々に現れて、俺を追い立て惑わそうとした──。

いやいやそれとは関係ない。

思い出した恐怖が胸から湧き出ようとするのを押し込めて、そうなんですか、と俺は何とか相槌を打った。

「他にも、砕けた陶器人形、引き裂かれた縫いぐるみ、そういうものが遺体の周りに落ちてたんだそうですよ」

「強盗にでも押し込まれたんでしょうか……」

部屋に侵入してきた強盗と鉢合わせ。揉み合った挙句に──。

「そう思うでしょう?」

古町さんは浮かない顔だ。

「警察も最初はそう考えたらしいんですが、どうもねぇ……」

遺体のあった部屋の窓は開いていたものの、外部からの侵入の痕跡が全く無かったのだという。

「検死の結果、床に倒れた時以外の外傷は無く、死因は心臓麻痺だったそうです。私はあのマンションの大家と知り合いなんですが、大家はかなり気味悪がっていて。管理人も兼ねてるので、警察が来たとき一緒に部屋に行って遺体を確認したんだそうですが……死に顔が物凄い形相だったとかで……」

眼球が飛び出しそうなほど見開かれた眼に、何かを叫ぶように開いた口、歪みきった表情。

「何かよっぽど怖いものを見たような、そんな死に顔だったそうですよ──」

遺体の手には双眼鏡が握られていて、心臓が麻痺する直前まで外を覗いていたのは確かなんだそうですが、と言いながら古町さんはつけ加える。

一体、何を見たんでしょうね、と。

「……」

「大家は、死んでいるのは確かにこの部屋の住人だ、とだけ証言してすぐに退散したらしいんですが──、変死体に遭遇するのは初めての経験で、未だに夢に魘されるそうです」
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