第318話 猫のヒゲはトゲになる
文字数 1,256文字
・7月11日 猫のヒゲはトゲになる
知ってるかい?
刺さるんだぜ、あれ。
あれって何かって?
決まってるじゃないか。あれだよ、あれ。
猫のヒゲ。
……
……
俺は今、踵から猫のヒゲを生やしてる。
天井張り付きタイプの電灯カバーを、どっちから外そうかと上ばかり見てたら、足元に落ちてたのが刺さったんだ。
「大丈夫ですか、何でも屋さん!」
「はは、大丈夫ですよ」
顧客様の手前だし、顔で笑って心で泣、くほどの痛みでもないし。けど、あまりにも予想外というか、そういう意味で痛いかもしれない。
ほら、採血とかされる時って、針が刺さるって分かってるから「あー、今針が刺さったねー」程度に思えるけど、何もなしにいきなりチクッときたら「痛っ!」とならないか? そういう、サプライズな痛み。
中川さんちのチャーちゃんのヒゲ、硬い。薄い夏用の靴下だから、よけい刺さりやすかったのかもしれない。血こそ出てないけど、かなりのもんだ。
「すみませんねぇ」
中川さんは恐縮しきりといった状態だ。いや、ホント、びっくりしただけだし。
「猫のヒゲも、自然に抜け落ちるものなんですね。面白いなぁ。それが刺さるなんて、こんなこと滅多に無いですよ。なんか招き猫的なご利益が有りそう。宝くじでも買おうかなぁ」
そんなふうに言うと、ようやく中川さんも笑ってくれた。
さてさて、踏み台借りて、さっさと輪っかの電球を替えましょうか。吊り下げ型のと勝手が違うから、お年寄りには新しいのも良し悪しなんだよなぁ。
──こら、チャーちゃん。いつの間に踏み台に乗ったんだい? どいてくれよ。
「ぃにゃん」
このー、シャム柄のくせに顔が丸くてタヌキみたいなチャーちゃんめ! どかないと、抱っこしちゃうぞ!
・7月12日 Summertime
湿気た空気に、滲むような月の明かり。
ああ、雨が上がったのか。
……
……
白いシャツに、麦藁帽子。
虫取り網を持って、蝉を捕まえようよ、と走って行く。
あれは──
振り向いたのは、娘のののかにもどこか面差しの似た子供。
──お兄ちゃん!
ああ、あれは、あれは俺と同じ顔の弟。双子の片割れの……
……
……
懐かしい夢を見た。子供時代の俺たち兄弟。
あの時、捕まえた蝉はどうしたんだっけ。
そうだ、虫かごの蓋がちゃんと閉まってなくて、逃げられたんだ。
虫かごを持ってた手元から、いきなり「ジーッ!」とでっかい音がして、驚いて転んだっけなぁ。ふふ、弟に笑われたっけ。
真っ青な空と白い入道雲。吹き出す汗。二人で半分こしたソーダ味のアイスバー。
あの頃は両親も生きてて、俺にも弟にも何の悩みも無かった。
二度と戻らない日々。幸せな子供時代。
──今の俺は、安物のパイプベッドの上で固く目をつぶる。
薄いカーテン越し、朝の光。
一羽、二羽、外で啼き交わす雀の声。
ああ、今日も起きて仕事に出掛けなくては。
おっ!
ずれたカーテンの向こうに見える、鮮やかな青。今日は晴天。
大雨の翌日は、洗われたみたいに空がきれいだ。
さて、今日の一枚目のTシャツは、何柄を着ようか。
そんなことを考えてるうちに、夢の記憶も薄れ、いつしか消えていった。
知ってるかい?
刺さるんだぜ、あれ。
あれって何かって?
決まってるじゃないか。あれだよ、あれ。
猫のヒゲ。
……
……
俺は今、踵から猫のヒゲを生やしてる。
天井張り付きタイプの電灯カバーを、どっちから外そうかと上ばかり見てたら、足元に落ちてたのが刺さったんだ。
「大丈夫ですか、何でも屋さん!」
「はは、大丈夫ですよ」
顧客様の手前だし、顔で笑って心で泣、くほどの痛みでもないし。けど、あまりにも予想外というか、そういう意味で痛いかもしれない。
ほら、採血とかされる時って、針が刺さるって分かってるから「あー、今針が刺さったねー」程度に思えるけど、何もなしにいきなりチクッときたら「痛っ!」とならないか? そういう、サプライズな痛み。
中川さんちのチャーちゃんのヒゲ、硬い。薄い夏用の靴下だから、よけい刺さりやすかったのかもしれない。血こそ出てないけど、かなりのもんだ。
「すみませんねぇ」
中川さんは恐縮しきりといった状態だ。いや、ホント、びっくりしただけだし。
「猫のヒゲも、自然に抜け落ちるものなんですね。面白いなぁ。それが刺さるなんて、こんなこと滅多に無いですよ。なんか招き猫的なご利益が有りそう。宝くじでも買おうかなぁ」
そんなふうに言うと、ようやく中川さんも笑ってくれた。
さてさて、踏み台借りて、さっさと輪っかの電球を替えましょうか。吊り下げ型のと勝手が違うから、お年寄りには新しいのも良し悪しなんだよなぁ。
──こら、チャーちゃん。いつの間に踏み台に乗ったんだい? どいてくれよ。
「ぃにゃん」
このー、シャム柄のくせに顔が丸くてタヌキみたいなチャーちゃんめ! どかないと、抱っこしちゃうぞ!
・7月12日 Summertime
湿気た空気に、滲むような月の明かり。
ああ、雨が上がったのか。
……
……
白いシャツに、麦藁帽子。
虫取り網を持って、蝉を捕まえようよ、と走って行く。
あれは──
振り向いたのは、娘のののかにもどこか面差しの似た子供。
──お兄ちゃん!
ああ、あれは、あれは俺と同じ顔の弟。双子の片割れの……
……
……
懐かしい夢を見た。子供時代の俺たち兄弟。
あの時、捕まえた蝉はどうしたんだっけ。
そうだ、虫かごの蓋がちゃんと閉まってなくて、逃げられたんだ。
虫かごを持ってた手元から、いきなり「ジーッ!」とでっかい音がして、驚いて転んだっけなぁ。ふふ、弟に笑われたっけ。
真っ青な空と白い入道雲。吹き出す汗。二人で半分こしたソーダ味のアイスバー。
あの頃は両親も生きてて、俺にも弟にも何の悩みも無かった。
二度と戻らない日々。幸せな子供時代。
──今の俺は、安物のパイプベッドの上で固く目をつぶる。
薄いカーテン越し、朝の光。
一羽、二羽、外で啼き交わす雀の声。
ああ、今日も起きて仕事に出掛けなくては。
おっ!
ずれたカーテンの向こうに見える、鮮やかな青。今日は晴天。
大雨の翌日は、洗われたみたいに空がきれいだ。
さて、今日の一枚目のTシャツは、何柄を着ようか。
そんなことを考えてるうちに、夢の記憶も薄れ、いつしか消えていった。