第228話 弟は姉に似ていました

文字数 1,781文字

・3月26日 渋茶とラングドシャ・

午前中は神崎の爺さんの将棋の相手。午後は大仏(だいぶつ、ではなく、おさらぎ、念のため)のご隠居の囲碁の相手。

今日もやたらに寒かったんで、ぬくぬくのこたつやら熱い渋茶(コーヒー)、煎餅(クッキー)付きの室内で過ごせるのはありがたかった。早朝は犬の散歩、夕方から夜にかけては子供の塾の送り迎え。昼間、たまにはこんなふうに暖かく過ごしてもバチは当たるまい。

将棋にしても、囲碁にしても、俺、一応指せるだけで全然強くないんだけど。

たまに頭の中でルールがこんがらかるせいか、今日も両方で妙な手を指してしまった。そう、ただ単に妙なだけなんだ。それなのに、神崎の爺さんも大仏のご隠居も、何であんなに発奮するかなぁ? ご老体に闘志を燃やされても。

海苔煎餅とラングドシャ。嗜好品は全然違うのに、目に宿る光は<勝負師>のそれ。

怖いよ、爺さんたち。

ま、いいけど。それで元気になってくれるなら。

……小腹がすいたからもらったラングドシャを食べようと思ったんだけど、うっかりお茶いれちまった。もう包み破いちまったし、ま、いいか。コーヒーだとどっちでも合うんだけどな。

……
……

うーん。渋茶とラングドシャ、そう失敗でもないか。





・3月28日  土筆はつくし・

土筆、と書いて「つくし」。うん、漢字を使った見事な形態描写だよな。

てなことをつらつらと考える俺の目の前には、土筆、土筆、土筆。但し、この<筆>は墨じゃなくて胞子をいっぱいくっつけてます。

何でこんなに土筆に埋もれてるのかというと、ハカマを取る作業を請け負ったからだ。ハカマってアレだ。土筆の茎の節々を取り巻いてる硬いフリル(?)のようなもの。これ取らないと、食べられないんだよ。

依頼主の堤の奥さん、義母さんに誘われて、旦那さんの実家近くの山で土筆狩りに興じたのはいいが、このハカマ取りが大嫌いらしい。摂るのは楽しいけど、食べるのも好きだけど、ってやつ。……まあ、気持ちは分からなくもない。

ハカマ取りが終わったら、規定の料金+土筆のごま油炒め・卵とじをくれるっていうから、頑張ってる。ハカマ取りは面倒で面倒で、とにかく面倒なんだけど、美味いんだよなぁ、年に一度の春の味覚。

土筆のごま油炒めは、絶対ビールに合うはず!
がんばれ、俺! 今夜の楽しい晩酌のために!

ああ、俺ってやつは、何でこんなに食い意地張ってんだろう……。





・3月29日  だから~猫柳~♪・

遠くに見える織田さんちの庭は、雪柳で真っ白に見える。きれいだなぁ、と思いつつ、ふともひとつ手前の長尾さんちのフェンスを見ると、そこからも雪柳の花房がはみ出している。

ん?

俺は思わず立ち止まって凝視してしまった。風もないのに、動いてる? ゆーらゆら。何だ、あれは。新種か? 実はキュー植物園から歩いて来た怪奇な三つ又植物的なやつなのか?

……よく見てみたら、何のことはない。白い野良猫が花房の向こう側で毛づくろいしただけだった。これが「幽霊の正体見たり」というやつか。枯れ尾花じゃなくて猫と雪柳だけど。

はっ! これがホントの猫柳ってやつか?

なんてな。いかんいかん。オヤジギャグばっかり言ってると、ののかに怒られるなぁ。





・3月30日 弟は姉に似ていました・

まだいっぱい花をつけているガーデンシクラメンが、へにょりん。
めいっぱい太陽の方を向いてほこほこしてたデージーが、へにょりん。

へにょりん、って言ったのはののかだけど。

ここ数日、天気が良くて太陽の眩しい日が続いていたのに、うっかり水遣りを忘れた……とまではいかないが、量が少なかったようだ。

春休み中のののかがせっかく遊びに来てくれたのに(引率? はいつものごとく元義弟でののかの叔父の智晴だ)、彼女の楽しみにしていた俺の屋上庭園(屋上プランター野菜畑ともいう)がこのていたらく。──智晴の呆れたような溜息が、イタイ。

「パパといっしょに、お花に水遣りしようか。これ、ののか用の如雨露だよ」

ぱっ、と明るくなる娘の顔。それに目を細めつつ、元義弟の反応にびくつく俺。何でびくつかないといけないんだよ、と内心で呟いた途端、じろりとこちらを見やる智晴。何でだろう。何で怖いんだろう。

……智晴って、やっぱり元妻と似てるよな。きょうだいだもんな。

「しゃんとしなさいよ!」と、男女の声がアシュラ男爵のごとくユニゾンで聞こえた気がした。
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