第205話 猫が拾ったドーベルマン 3 終

文字数 1,455文字

「最低ですよね」
「最低ですよ」

二人で頷きあう。

「でも、どうせすぐ出て来るんでしょうね」
「そうでしょうね……」

吐き出された二人分の溜息は、重かった。実刑を喰らうにしても、「窃盗」「器物損壊(ペットは、たとえ殺されても<壊した>とされる)」だと、刑務所から出てくるのも早いだろう。……また同じことをしないとは限らない。

あーもー、腹が立つ。無力なものに手を出しやがって。大型の成犬は、大きくなったら怖いんだぞぅ! 

お、そうだ!

「俺、いいこと思いつきました」

俺は頭に浮かんだ妄想を、犬上さんに語った。

「窃盗団のやつらが娑婆に出てきたら、大型犬の群れの中に放り出してやりましょう。もちろん、襲わせたりはしませんけど、今回被害にあったドーベルマンや、シェパード、グレートデンなんかに周りを囲ませてですね……」

特に顔の怖い犬がいい。シベリアンハスキーとか、秋田犬なんかも牙を剥くと怖い。ブルドッグは迫力があるし、マスティフ種はどれも大きくて強面だ。

「最前列は、やっぱり土佐犬ですね。犯人たちの真ん前に陣取ってもらって思いっきり威嚇してもらいましょう。これは怖いですよ……」

俺はふふふ、と昏く笑った。犬上さんも邪悪な笑みを見せる。

「想像するだけで、ちびりそうですね……」

ふふふ。ふふふふ。

不気味に笑いあう男が二人。何の殺人相談かって雰囲気だけど、ただの妄想だからな。ただの。

「土佐犬は、横綱ともなると風格がありますからね。仔犬を盗んで売っ払おうなんて卑しい人間は、完全に位負けしますよ。……実は、知り合いが土佐犬を扱ってましてね。闘犬として土佐犬を飼ってる人の中には、いわゆる<怖い人>も多いって言ってましたよ」

ふふふふふ。

互いに無言だったが、俺と犬上さんの間には、確かに何かが通じ合っていた。言葉にするなら、「月夜ばかりと思うなよ」ってとこかな。誰に対するものかは、言うまでもないだろう。

「ま、やつらが二度と同じことをしなければいんですけどね」
「そうですね」

もし、また同じことをしたら。

「小型犬にも怯えるようにしてやりましょうね!」

二人、強く頷きあった。

無心にお乳を吸っていた仔犬が安心したのか眠ってしまったので、犬上さんはその小さなからだをタオルに包み、懐のリュック型赤ちゃん用キャリーに納めた。母犬のマリーちゃんは犬上さんが仔犬を触っても怒らない。やっぱりちゃんと信頼関係が出来てるんだなぁ。

改めて礼を述べ、犬上さんがマリーちゃんを連れて出て行こうとした時、つと立ち止まった彼女は、何を思ったのか、奥に向かってひと声だけ鳴いた。あれは、三毛猫に礼を言っていたんだろうか。

三毛猫は、その日俺が寝るために寝室に入るまで、ついに顔を出さなかった。




明けて翌日、俺がちょっとドアを開けた隙に三毛猫はするっと出て行った。まあ、部屋の中に入ってくること自体珍しいことだったので、やつとはこれまで通りのつかず離れずの付き合いで行こうと思う。

一匹狼みたいなやつだが(猫だけど)、困った時に頼ってくるくらいには、俺のことを信用してくれてるんだろう。

さてと。俺も仕事に行きますか。今朝は吉井さんちのグレートデンの伝さんと、新田さんちのアラスカン・マラミュート、カンタくんのお散歩だ。レインコート着せてやらなきゃなぁ。

あ、そうそう、出かける前に、キャットフードと水を置いてやるのを忘れないようにしなくちゃ。


おわり。
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