第200話 ホラーとオカルトは苦手です
文字数 1,967文字
・五月九日 ホラーとオカルトは苦手です・
本日の依頼。
──ホラー映画を一緒に見て欲しい。
何じゃそりゃ? と思ったが、話を聞いて納得、というか何と言うか。
本人はすっかり成人しきった今ですら、夜中のトイレが苦手という超怖がり。だというのに、初めて好きになった彼女が大のホラー映画好き。で、次のデートは今話題のオカルト・ホラー映画を観にいく約束になっているという。
──彼女の前で悲鳴を上げたりしないように、今から耐性をつけておきたいんです。でも、絶対独りでは見られないし、かといって友人達にだってこんなこと頼めない。お願いです。あなたなら<仕事>として守秘義務を守ってくださるでしょう?
そういう彼は、見たところ非の打ちどころの無いイケメン。顔良し、スタイル良し。大学でも成績優秀で通っているという。……そりゃ、そんな弱点(?)を他人に知られたくはないわな。ちなみに、「自分から好きになったのが初めて」なのであって、今までそれなりにカノジョを切らせたことはないらしい。
本気の彼女には、いいとこ見せたいってわけだ。
ま、その気持ちは分かるし、提示された依頼料も結構な金額だったので(口止め料も入ってるんだろう)、喜んで受けさせてもらった。
が。
俺は後悔した。
『リング』『死国』『富江』『着信アリ』『サスペリア』『呪怨』『仄暗い水の底から』『オーメン』『エクソシスト』『シャイニング』……。
背筋がぞわぞわとして寒気がするし、夜、一人でトイレに行くのが嫌だ。部屋の隅の暗がりが怖い。俺は思わず身震いした。そして、依頼者の彼は……。
目を開けたまま失神していた。
ダメだ、こりゃ。正直に話した方がいいぞ、青年。
その日は乞われて依頼人の部屋に泊まった。が、寝ると怖い夢を見そうだったので、全然眠れない。依頼人も同じようで、朝見ると目の下にクマが出来ていた。目は真っ赤だ。多分俺も同じだろう。
教訓。
過剰な努力は時に逆効果となり、より事態を悪化させることもある。
なあ、青年。強がりはよそうぜ。さあ、一緒に『ウォレスとグルーミット』でも見よう。念のために借りておいてよかったぜ。
・五月十日 オカルト・ホラーの翌日・
眠い。雨の中、奥野さんちのジャーマンシェパード、アリスちゃんに散歩をさせていたが、時々ふっと眠りそうになっていた。そのたびにアリスちゃんに「しゃんとしなさいよ!」とばかりに、軽く唸られてしまった。
犬に叱られる俺。人間としてどうなんだ……。
それにしても、あの大学生、大丈夫かな。俺はふと心配になった。
赤の他人の何でも屋の俺に、「一人が怖い。泊まっていってくれ」と言うくらいホラー映画に参っていたが……。
俺が念のために借りておいた『ウォレスとグルーミット』シリーズが良かったのか、今朝は昨夜より顔色が良かった。
あれだけの容姿、頭脳に恵まれていても(しかも、金持ちの息子!)、落とし穴のように弱点があったりするんだなぁ。
うーん、人は見かけによらない。
・五月十一日 ホラー映画の恐怖は後を引く・
今日は昨日よりさらに寒い。ののか、風邪はもうよくなったって電話が来たけど、こんなんだとまたぶり返したりしないかな。大丈夫かな。元妻には心配しすぎ、って笑われたけど。
──あなたこそ気をつけてちょうだい。パパが風邪引いたら、ののかが心配するわよ。
元妻の声が蘇る。外出から帰ったらまず手を洗ってうがいして、着る物にも気をつけなさいね、とけっこう真剣に注意されてしまった。──俺は子供か。
ちゃんと薄手のジャケット持って歩いてるわい。
井岡さんちの庭の草刈作業から帰る途中の今は、そのジャケットを着込んでいる。作業中は暑かったけど、またすぐ寒くなってきたんだ。風もあるしな。
お? 向こうから歩いてくるのは怖がりなのが玉に瑕のイケメン大学生。あ、挨拶してきた。にこにこしている。ホラー映画連チャンの恐怖から立ち直ったのか?
……しばらく立ち話した。何かやたらに楽しそうだったが、いいことでもあったんだろうか? 俺と話してるとほのぼの? して貞子の恐怖も忘れる、と言ってたが、言葉にしたことでうっかり思い出してしまったらしく、ちょっと顔色が悪くなったのが心配だ。
頬を微妙に引きつらせつつ、う、うちでお茶でもいかがです? と誘われたが、今日はまだ上村さんちの電球取替えなんかの依頼があったんで、断った。独りになると、まだ思い出しちゃうんだろうなぁ。
負けるな、青年。
それにしても、『ウォレスとグルーミット』がよほど気に入ったのかな。さっそくマスコット持ってたぞ。今度会ったら、どこで買ったのか聞こう。ののかにプレゼントするんだ。
本日の依頼。
──ホラー映画を一緒に見て欲しい。
何じゃそりゃ? と思ったが、話を聞いて納得、というか何と言うか。
本人はすっかり成人しきった今ですら、夜中のトイレが苦手という超怖がり。だというのに、初めて好きになった彼女が大のホラー映画好き。で、次のデートは今話題のオカルト・ホラー映画を観にいく約束になっているという。
──彼女の前で悲鳴を上げたりしないように、今から耐性をつけておきたいんです。でも、絶対独りでは見られないし、かといって友人達にだってこんなこと頼めない。お願いです。あなたなら<仕事>として守秘義務を守ってくださるでしょう?
そういう彼は、見たところ非の打ちどころの無いイケメン。顔良し、スタイル良し。大学でも成績優秀で通っているという。……そりゃ、そんな弱点(?)を他人に知られたくはないわな。ちなみに、「自分から好きになったのが初めて」なのであって、今までそれなりにカノジョを切らせたことはないらしい。
本気の彼女には、いいとこ見せたいってわけだ。
ま、その気持ちは分かるし、提示された依頼料も結構な金額だったので(口止め料も入ってるんだろう)、喜んで受けさせてもらった。
が。
俺は後悔した。
『リング』『死国』『富江』『着信アリ』『サスペリア』『呪怨』『仄暗い水の底から』『オーメン』『エクソシスト』『シャイニング』……。
背筋がぞわぞわとして寒気がするし、夜、一人でトイレに行くのが嫌だ。部屋の隅の暗がりが怖い。俺は思わず身震いした。そして、依頼者の彼は……。
目を開けたまま失神していた。
ダメだ、こりゃ。正直に話した方がいいぞ、青年。
その日は乞われて依頼人の部屋に泊まった。が、寝ると怖い夢を見そうだったので、全然眠れない。依頼人も同じようで、朝見ると目の下にクマが出来ていた。目は真っ赤だ。多分俺も同じだろう。
教訓。
過剰な努力は時に逆効果となり、より事態を悪化させることもある。
なあ、青年。強がりはよそうぜ。さあ、一緒に『ウォレスとグルーミット』でも見よう。念のために借りておいてよかったぜ。
・五月十日 オカルト・ホラーの翌日・
眠い。雨の中、奥野さんちのジャーマンシェパード、アリスちゃんに散歩をさせていたが、時々ふっと眠りそうになっていた。そのたびにアリスちゃんに「しゃんとしなさいよ!」とばかりに、軽く唸られてしまった。
犬に叱られる俺。人間としてどうなんだ……。
それにしても、あの大学生、大丈夫かな。俺はふと心配になった。
赤の他人の何でも屋の俺に、「一人が怖い。泊まっていってくれ」と言うくらいホラー映画に参っていたが……。
俺が念のために借りておいた『ウォレスとグルーミット』シリーズが良かったのか、今朝は昨夜より顔色が良かった。
あれだけの容姿、頭脳に恵まれていても(しかも、金持ちの息子!)、落とし穴のように弱点があったりするんだなぁ。
うーん、人は見かけによらない。
・五月十一日 ホラー映画の恐怖は後を引く・
今日は昨日よりさらに寒い。ののか、風邪はもうよくなったって電話が来たけど、こんなんだとまたぶり返したりしないかな。大丈夫かな。元妻には心配しすぎ、って笑われたけど。
──あなたこそ気をつけてちょうだい。パパが風邪引いたら、ののかが心配するわよ。
元妻の声が蘇る。外出から帰ったらまず手を洗ってうがいして、着る物にも気をつけなさいね、とけっこう真剣に注意されてしまった。──俺は子供か。
ちゃんと薄手のジャケット持って歩いてるわい。
井岡さんちの庭の草刈作業から帰る途中の今は、そのジャケットを着込んでいる。作業中は暑かったけど、またすぐ寒くなってきたんだ。風もあるしな。
お? 向こうから歩いてくるのは怖がりなのが玉に瑕のイケメン大学生。あ、挨拶してきた。にこにこしている。ホラー映画連チャンの恐怖から立ち直ったのか?
……しばらく立ち話した。何かやたらに楽しそうだったが、いいことでもあったんだろうか? 俺と話してるとほのぼの? して貞子の恐怖も忘れる、と言ってたが、言葉にしたことでうっかり思い出してしまったらしく、ちょっと顔色が悪くなったのが心配だ。
頬を微妙に引きつらせつつ、う、うちでお茶でもいかがです? と誘われたが、今日はまだ上村さんちの電球取替えなんかの依頼があったんで、断った。独りになると、まだ思い出しちゃうんだろうなぁ。
負けるな、青年。
それにしても、『ウォレスとグルーミット』がよほど気に入ったのかな。さっそくマスコット持ってたぞ。今度会ったら、どこで買ったのか聞こう。ののかにプレゼントするんだ。