第265話 居酒屋お屯 3

文字数 2,110文字

「店開きを晴れやかなものにしていただいて、ありがとうございます、ということでした」

晴れやか……? どゆこと?

「酒場の座敷童子のお陰で楽しく和やかな雰囲気になった店内でいい酒を飲み、いい気分になったお客さんたちが意気投合。閉店まで飲んだら、皆で初詣に行こう! なんてことになってましたからね。店開き特別年越し営業は大成功、ってことでしょう。僕もいい開店祝いになったと思いますよ」

そっか──。って、え! お節料理? すごい、お重に詰めてくれてある。昆布巻き、伊達巻、紅白かまぼこ、黒豆、田作り、海老、数の子、蓮根、焼き魚、牛蒡の鶏肉巻き、栗きんとん、他にも色々……。

「これ、買えば二万円はしますね」

に、にまんえん。

「それと、これ」

徳利?

「開店記念ノベルティ。他は三百ミリリットルですが、これは七百五十。本来くじ引きでお一人様に当たるものなんですけど、店内一致で義兄さんに、ということになったんです。僕も三百ミリのほうもらいましたよ」

ボロソファの前のローテーブルに置かれた大小の徳利。灰色がかった白地に、無骨な感じの毛筆体で“居酒屋 お屯”。

「中の酒も良いもののようです。どこかの地酒らしいですよ。有名ではないそうですが、お歴々も目を細めていました。小さい酒蔵なので、あまり流通してないんだそうです」

こんなにもらっていいのかな……うれしいけど、でもいま頭痛い……。しばらく酒見たくない……。

「そうでしょうよ。まったく頑丈な肝臓をしていますね、義兄さん。お客にどれだけボトルを開けさせたやら」

やめて、そんな呆れた顔で人をホストみたいに言わないで! ボトルったってあそこの店はビールと焼酎、お湯割りに、梅サワーとレモンサワー、お銚子冷やと熱燗と、各地地酒のコップ酒──。

「ああ、今みたいにお客に勧めてましたねぇ。酒以外のソフトドリンクだと何がありました?」

え? ウーロン茶にオレンジジュース、二の矢サイダー。柿ジュースはちょっと高いけど、二日酔い防止にいいよ?

「ほらね? きっちり覚えてるじゃないですか。飲み過ぎな客にはそうやって水分摂らせてましたよ。もうへろへろなのにまだ飲みたがる客には、俺に勝ったら飲んでいいよ? と言ってじゃんけん仕掛けてました。それで勝っちゃうのがまた……」

連戦連勝、周囲の客が固唾を呑んで見守る中、ついに十勝した時には皆から拍手喝采って……覚えてない……。

「その人とは、一回負けるごとに相手の指定するものを一杯飲むルールの勝負してました。義兄さん、上手いこと飲ませてましたよ、柿ジュース、水、ウーロン茶。一回トイレに行かせて、また柿ジュース。あとはお猪口でウーロン茶一気。誰かが、潰れたやつは初詣に連れて行かないぞ! と言い出して、義兄さんすかさず、酒は飲んでも呑まれるな、飲むならば食え、柿なます! と叫んで──」

うう……もう言わないでくれ智晴。お重の柿なます食べるから……あ、白湯。ありがとう。

「ちゃんと飲みやすい温度ですから、しっかり飲んで、柿なます食べて酒を抜いてください」

白湯が胃に、沁みる……。そういえば智晴、ソファで寝たの? こっちにも毛布は置いてるけどこんなのじゃ寒かっただろう? あ、生姜紅茶飲む? このあいだ久野のお婆ちゃんにもらったんだ。

「大丈夫ですよ。ここに入ってすぐエアコン入れましたから。それから義兄さんをベッドに寝かせて──よくあんな寒い部屋で寝てますね。だから繋がってる寝室のドアも開け放して」

この部屋というかリビング? にしかエアコン無いもんな。いつもより暖かいと思ったら……。そうか、そうだな。世話掛けたな。

「僕はコタツで寝ました。上に毛布を掛けてたから余裕ですよ」

そういえば、いつもより服がヨレ……いや、ほんとスマン。

「猫の世話もしておきましたよ。今、姿は見えないけど……」

ああ、あいつ多分俺の布団に潜り込んでるよ。常時猫用アンカ入れてやってるのに、朝起きたらいつの間にか布団の中に入ってるんだ。すまん、ありがとうな。

「柿なますはともかく、お粥なら食べられますか? レトルト置いてるの見つけたので温めましょう」

いや、俺、自分で……ああ、ごめん。智晴もお屯のお節料理食べて行ってくれよ。冷蔵庫にも何か……あ、餅はいっぱいある。

「ああ、お餅ね──。義兄さんは毎年すごいですね。至るところに大小の鏡餅が」

いや、せっかくもらったからさ、一応飾っておこうかなって。顧客が気を遣ってくれるんだよ、年末は特に駆けずり回ってるところ見られてるから、お正月の用意をする暇が無いでしょう、ってみんな。カビ生える前に食べきるのが大変だけど、餅は手軽に食べられるからありがたいんだ。

「じゃあ、ここにある紅白の丸餅いただきます」

ああ、そこのトースターで焼いてくれ。インスタントのお吸い物でなんちゃって雑煮も作れるし。

「それ、いいですね。僕もお餅はともかく、あっさりと済ませたい気分です」

智晴も昨夜けっこう飲んでた?

「自分のペースを守ってそれなりに」

うう、耳が痛い……。

「義兄さん」

ん?

「義兄さんが気にしてた二人組の客、仲直りしたようですよ」
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