第128話 鳴神月の呪物 19

文字数 2,194文字

以降の仕事をお断りするにしても、連絡入れるの嫌だなぁ、とうつむいて溜息をつく彼に、真久部は言った。

「あちらから連絡が来ることは、もうないと思いますよ、何でも屋さん」

心配しなくて大丈夫です、と請け合うと、彼は顔を上げた。

「え? どうしてですか?」

そのほうがありがたいですけど、とかすかな希望を求めるように真久部を見てくるので、わかりやすく説明してやることにする。

「“糸”は、古い道具と親和性がある、そう言いましたよね」

「え? ええ」

さっき君にくっついていた“糸”を切ったとき、と真久部は続ける。

返る(・・)ついでに、君の近くにあった道具たちから、“糸”に近い、つまり呪に近い何かも一緒に連れていったんです」

「え!」

思わず、といった様子で、彼は店の中に目をやった。

「……」

絶句している彼の視線の先には、ごつい枠をした五玉算盤、羽子板のように細長い持ち手付きの長方形の盤を、硬貨を数えやすいように細かい格子状に区切った銭枡、簡易小型金庫ともいえる銭箱と、真久部が苦労して細い組み紐を通してまとめた古銭の束がある。

それらは帳場、現代でいうレジで使うための道具たちであり、この店で実際真久部が使っている帳場格子より小ぶりのものを、他の道具と隔てるために置いてある。

先ほど真久部が彼の背中を叩いたとき、最も近い位置にあったのがそれらだが、一番にそこに目が行くあたり、彼もなかなか勘が鋭いと真久部は思う。彼の苦手な鯉を模った大きな横木が、そのすぐ傍にどーんとのさばっているというのに、今は帳場セットのほうが気になるようだ。

「──まあ、店で扱うにしては少々毒が強かったので、ちょうど良くなってありがたいといえばありがたいですが」

妙にぬめったような艶があったのが、ほどよく落ち着いて今は良い感じになっている。あれなら買い手との相性を気にせず、安心して売ることができそうだ。

「……!」

視線をそらせようとして、今さら鯉の横木に気づいたのか、彼は一瞬目を瞠り、もう店内は見まいというように手元に目をやった。が、そこで左手の絆創膏に気づいたのだろう、ぎこちなく顔を上げる。真久部と目が合い、なんとか笑みを浮かべようとしたらしいが、見事に失敗していた。

「これまでもね」

それに関しては知らないふりをしてやることにして、真久部は茶こぼしを取り出した。冷めてしまったお茶と、急須に残った茶殻をそこに捨て、新しい茶葉で淹れ直す。

「君が、探しに行った古道具屋の画像を付けて報告メールを返すたび、その店にあった古い道具の、ちょっとよくない成分、といっていいのか、そういうものも幾許(いくばく)かくっついていったはずだよ。呪と似たところのある成分が」

蒸らしの終わった茶を注ぎ分け、黙ってしまった彼に勧める。自分も茶碗を手に取って、真久部はゆっくりと喉を湿した。

「……ごく薄いものだろうけどね。それだけでもあちらにはダメージがあったはずだけど、今日のはねぇ……。言いたくはないけど、うちの店のものだし──」

帳場セットのほかにも、嬉々として“糸”に絡みついて行ったやつがいる。それはほんの指先だけのようなもので、本体(・・)はもちろん残ったままだ。が、“糸”のように繋がっているわけではないので、以後こちらに何らかの影響があるということはない。ほんの少し何かが薄まった、というだけだ。

「しかも、店のど真ん中で切っちゃったしなぁ……」

「やっぱり、その、外でやるより──ついていきやすいですか?」

「そりゃあねぇ」

ぎゅーっと引っ張ったゴムの片方を離すと、すごい力で戻ってくるでしょう、と真久部は言った。

「君にくっついた“糸”に、うちの店の道具たちの、呪に似た良くない部分が惹かれて繋がろうとしたから、綱引きみたいになって。そこを切ったものだから、“糸”に絡みついたぶんが一緒に戻っていったんですよ、ぱっちーん! と」

「い、“糸”の切れ端みたいなものはこっちに残らなかったんですか?」

「残らなかったねぇ。くっついていったほうが多いから」

「……」

「あちらは今、安定(・・)させるのに大童(おおわらわ)、というか、必死になってるはずです。──だからね、もう二度と君にかかわってくることはないでしょう」

むしろ避けるというか逃げるはず、とにっこり笑ってみせると、引きつった笑みを浮かべて彼は頷いた。

「そうそう、銀行口座番号。先方にはまだ教えてないですよね?」

「ええ。それは今月いっぱい心当たりを探してからと思って……」

「さすがは何でも屋さん。勝手に入金され続ける危険もなきにしもあらずでしたが、誠実であることが身を助けましたね」

この期に及んで、向こうもそんな危ない橋を渡るとは真久部も思わないが、その危惧はあった。

「……でも、今月ぶんはもらってしまいました」

手渡しで。と彼は言う。聞いてみると、彼がたまにポスティングしている何でも屋のチラシを見た、と依頼の電話があり、打ち合わせは相手の指定により駅前の喫茶店でしたそうだ。

「対価としての仕事は、きっちりこなしたでしょう? 昔話の男が手にした手間賃と同じで、それは正当な報酬ですよ。だいたい、初回はいつもサービス価格でしょ?」
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