第174話 寄木細工のオルゴール 12

文字数 2,151文字

「椋西の先代がこれを手放したのは……今から約三十五年ほど前です。次の人に譲って、その人の父親から騙して買い取った男が死ぬまでがだいたい一年だったと聞いています。それ以降は行方知れずになって……あちこち転々としていたのを、曰くつきの道具としてうちが買い取ったのが十年前。──業者向け骨董市で見つけたとき、なかなかの存在感を放っていたのでね、つい仕入れてしまいました」

昔話に出てくる御大尽か、跡取りに店を譲った裕福なご隠居かという、泰然とした佇まいが気に入ったんです、と真久部さんは続ける。

「とはいえ、その時は開けてはいけない、鳴らないオルゴールとして店頭に並んでいたわけで、骨董としては安い値段で買えましたけどね。寄木細工が美しいのと、曰くありげな雰囲気、もしかして開くかもしれないけれど、開くと恐ろしい目に遭うかもしれない、実際この前の持ち主は非業の死を遂げた……、そういう物語、ロマンを愛する趣味人のコレクションのひとつとして、どうです? という売り文句でした」

「……それを売ってた骨董商の人は、開けてみようとか思わなかったんでしょうか?」

真久部さんは胡散臭い笑みで首を傾げてみせた。

「どうでしょうね? 長くこういう商いをやってる大先輩みたいな人だから、危ない道具の扱いは心得ているはずですよ。でなければ、まずこんな道具を仕入れない。──そんなものにわざわざ目を止めて、店に仕入れようとする僕みたいな業者も同じ」

「そ、そうなんですか……」

怪しい……、いや、変わった人が多いんだな、この業界……。

「でも、その大先輩が慎重だったのには理由があります。若い頃、扱ったことがあったんだそうですよ」

「え?」

驚く俺を面白げに見ながら、大先輩の実家は元々古道具を扱う店だったそうです、と真久部さんは話を続ける。

「なんでも、その方のご父君が、付き合いのあるお客から頼み込まれて仕方なく買い取ったのだとか。──必死に頼むお客と渋る父の顔を今でも忘れられないと、そんなことを彼は話してくれましたっけ。お客が言うには、戯れに最初の三手順まで開けて、やっぱり怖くなって元に戻したと。すると、その晩から恐ろしい夢に魘されるようになったというんです」

「ぐ、偶然じゃなくて……?」

にっこり、と真久部さんが微笑む。──分かってるんでしょう? そう言われたような気がした。いや、でも関係があるんだろうなって分かってしまうからこそ、否定してもらいたいというか、なんというか……この複雑なチキン心よ……。

「──えっと、それなら、お寺とか神社とかに頼んで供養とかお焚き上げとか」

すればいいんじゃないかな? ついそう口走ったら、真久部さんは微妙な笑みを見せた。

「普通は……まあ、普通はそうなんでしょうね。でも、我々みたいなのは、古い道具が好きだから。甲羅を経た魅力的な道具を、焼いたり毀したりとかいうことはしたくないんだよ。しかも自分がそのきっかけになるなんて──」

怖いと思いませんか? そんなことを言う。

「自分が係わりさえしなければ、その道具はずっと在り続ける。大切に保管すれば、この先十年、二十年、百年保つかもしれない。越えるかもしれない。長い時を過ごし、これからも過ごすはずの道具の命を、自分が絶つ……そう思えば、僕は怖いですよ」

存在に対する、畏れの気持ちでしょうか、と真久部さんは己の心を分析してみせる。

「そんなことをするくらいなら、自分が損をしてでも別の引き取り手を探します……。そのお客もそんな気持ちだったのかもしれないねぇ。──愛好家というのは、業の深いものだよ……」

「……真久部さん」

少しだけ沈んだ口調につい声を掛けてみたら、ニッと笑って、まあ、単純に厄介払いとも言うんですがね、と軽い口調で付け足され、なんとなく感動しかけていた俺はがくんとした。

「……俺、今、いい話を聞いてると思ってたのに……」

真久部さんは、ふふ、と笑った。

「まあ、考え方も道具との付き合い方も、人それぞれなのでね。どれが正しいということはありません。ただ、道具によっては決まりごとを守らなければ痛い目を見ることがあり、それは自己責任というわけです」

「──正しい手順がわからないなら開いちゃいけないのに、うっかり好奇心に負けて、ちょっとだけ開こうとしてみたりとか?」

「ええ。実際、このオルゴールが転々としていたのはそのせいですからね。ただ置いて眺めるだけだったり、音を聞こうと転がしたりしただけでは何も無い。開ける手順を間違えなかった場合も同様。ただ、最後まで開けられるかは運次第で、そこで間違えたら運の尽き。──そして、最初のほうで間違えた場合は悪夢を見せる……それ以上は開けるな、という警告だと僕は思っています」

ある意味、親切なんですよ、と真久部さんは鳴り止んでいたオルゴールをまた何度か転がす。寄木細工の奥から、きれいな音がよどみなく流れ始める。

「……僕にこれを売ってくれた同業の先輩も、その警告を味わう羽目になったそうです。ご父君に、触るな開けようとするなときつく言われていたのに、つい五手順まで開けかけて──」

西条八十の詩、『トミノの地獄』のように恐ろしい夢だったそうですよ、と怪しく笑う。
──俺、その詩知らないけど、真久部さんが恐ろしいよ……!
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