第358話 鏡の中の萩の枝 9

文字数 1,727文字

「だけど、それはそういう未来の技術? があったから出来たことだと思います。今回のような場合いだと、どうなるのかな、えーと……」

「一つの世界に、同一の存在は同時に存在し得ないそうだねぇ?」

友人はそう言っていたよと、伯父さんはこちらが落ち着かなくなるような笑みを浮かべてみせる。

「……SFでは、別の世界から来た存在に、同一の存在はさらに別の世界に弾き出され、その別の世界でも、弾き出された存在に、同一の存在が弾き出されて──というのを、繰り返すとされることが多いですね」

AがA’に弾き出され、A’はA’’を弾き出して、それが無限に繰り返される──。

「合わせ鏡の中みたいに、果ての見えない話です」

そして、とても怖い話だ。もしや、この世界の鳥居さんは、A’ の世界に弾き出されたんでは──。

俺の顔色を楽しんでいたらしい伯父さんは、真久部さんにつつかれて、名残り惜しげに軽く唇を尖らせてみせてから、わざとらしい笑みを作った。

「何でも屋さんが何を考えてるのかはわかりますが、そういう心配はないんじゃないかなぁ? だって、この“鳥居”は友人の頭の中から直接転がり出たんだ。だから、同じ存在はこの世にはいないと思うなぁ。別の世界に弾き出されるような存在は、ね」

「……」

“そういう心配”するような怖いことを考えさせようとしたくせに、このヒトは……。そんな伯父さんの、いつもの調子にイラっとしながらも、俺は思う。SFは読まないと言っていたけど、なかなか詳しいんじゃないかな……。友人だったという、あのSF作家さんの話を聞いているうちにそうなったのか、それとも、鏡の中の不思議な世界が伯父さんの好みに合っていたのか──。

「ふふっ」

俺がぼんやりしているあいだに何を思い出したのか、伯父さんは軽く吹き出している。

「鏡の中は、面白いところらしいですよ。もちろん、私は見たことはないが、彼ら(・・)の話はとても興味深かった」

鏡の中は光に満ちていて、影すら激しく輝きながら眩しく伸び縮みし、外からの光が射すたび、キラキラとそこいらじゅうを跳ねまわっているらしいよと、この慈恩堂店内の手鏡だの、小さな鏡台だのが置いてあるエリアを示す。

「光で織った虚像……まあ、そこにいるはずのない人物とか、景色だね。そういうのを表に映してやると、驚きすぎて目を開けたまま気絶するのがいるから、瞳の中に入り込んで遊ぶんだって。そして次にそいつが見た鏡の中に飛び込で、また同じことをしてやるんだとか。ねぇ、面白いと思いませんか? 何でも屋さん」

好みに合ってたみたいだな。悪戯な瞳がこころなしか輝いて見える──。だけど、誰視点の話なんだろう……? いやいや、考えたら負け。そう思い、俺は話を戻そうとした。

「えっと、つまり。そういう感じで、あの鳥居さんはあの、萩の鏡の中に飛び込んだってことですか?」

「元の世界に帰ったんだよ」

にったりと笑い、またわけのわからないことを言う。

「……どこの世界に?」

別の世界に弾き出されるとかじゃないというなら、並行世界の話じゃないってことだろう? 

「友人の創り出した世界にさ。あの鏡の中には、幾つも幾つもそんな世界が広がっている、それこそ萩の枝のように。現実で完結させた話も、まだ途中の話も、思いついただけの話も、ただのアイディア、形にもならなかった何かですら」

それらがぶつかり合い、融合し、残された欠片が欠片を集めて大きくなり、ぐるぐる回り始めたり──。

「なんというか、そうだねぇ。思考の渦、というのかな」

「……」

なんだろう……銀河の渦を、銀河系を連想した。まさか、あの鏡の中には、それほどの時空が存在してるっていうんだろうか。

「どうしたね? とてもSF的な話だと思わないか?」

「思いますけど……どうしてそれがわかるんですか?」

見えるんですか、とか聞きたくなったけど、怖くて聞く気になれない。だって、伯父さんたら本当に楽しそうなんだよ。

何がそんなに楽しいのか、聞くのをためらっているうちに、本人が答えてくれる。

「あの鏡に、※※が育っているからさ。ある意味、呪物になっているんだよ」

「じゅ、呪物?」

俺の耳にはいつもぐにゃっとして聞こえない単語と、怖い言葉が飛び出して、俺は肩を跳ねさせた。
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