第173話 寄木細工のオルゴール 11
文字数 2,022文字
「わざわざ古い道具を求める人は、そのものが時を経た佇まいを愛するものだけど、かつてどこそこの何某の所蔵品であった、という話もまた好むのでねぇ……」
「そういうの、ロマンじゃないですか」
あっちの棚に置かれてる、俺が特に苦手な鯉の香炉だってさ。例えば『水戸光圀公が西山荘にてご愛用の品』とか聞いたら、へー、すごい! ってなるもんね。華美を嫌ったご老公が、雅な香ではなく蚊遣り火を焚いていた逸品、とかなら、少しは親しみが……湧かないかもしれないけど、なんだろう、やっぱり少しは見る目が変わるかな? 単純?
「そう、古い道具を彩るロマンです」
真久部さんは俺の言葉にうなずく。
「もちろん僕もそういう話は好きだし、道具を扱う者として可能な限り知っておいたほうが良いことでもある。ただ、そこに付け込む業者もいるのでね……戦国武将誰某が家臣、何某の部下の部下の○○家に仕えた△△家傍系××家、くらいになったらもう全然元の武将とは関係ないのに、『戦国武将誰某所縁の品』なんて言って値を吊り上げたりしますから」
歴史上の有名な名前を挙げておけば、それだけで有り難がって買う客はいるのでねぇ、と困り顔。──やっぱり俺、単純だったらしい……。
「本当のことならいいんですよ、でも……、骨董の声を聞く伯父曰く、出鱈目はやはり多いそうです。本人 から直接出自を聞き出してみると、箱書きも何も嘘っぱちだったり、骨董古道具を扱う店のあいだで信じられていることが全くの見当違い、ということもあるらしいです──伯父はそれを聞いて心の中でニヤニヤしているだけで、真相を糺すつもりも見当違いを正すつもりもないそうですが」
あの人は悪趣味だから──、と真久部さんは、そんな伯父を持って、悟るしかなかった甥の溜息を吐く。
「悪意はなくても、箱の入れ間違い、なんてこともありますから。目利きが扱ってもそういうことはあって、それは道具自身が違う箱に入りたくて──、と話がずれてしまいましたね」
伯父の話をすると、つい脱線してしまいます、と俺に向けたのではないらしい怖い笑みを浮かべてる。こめかみぴくぴくしてそう……。あの伯父さんには苦労してるようだものね、真久部さん。俺も同情するよ……口に出さないけど。
「そんなわけで、この手帳には道具について、現実で分かる限りの 素性、来歴を記しています。──伯父に聞けば、正しい情報 が分かるんでしょうが、現実でそうとされていることとはかけ離れていることが多いので……。一般的な情報は大切です」
「……」
そういえば、骨董古道具仕込みの話を伯父さんから聞かされて育った真久部さん、小学生のとき級友に古い時代の日本の話みたいなのしたら、笑われたって言ってたっけなぁ。それから本をよく読むようになったって。正しい情報はともかく、一般的な情報 は大切だって語ったときの真久部さん、遠い目をしてた……。
「先代椋西さんのお陰で、分からなかったこのオルゴールの持ち主の、六代目からを詳しく記すことができたんですよ。前の持ち主の名前も教えてもらえたので」
先代椋西さんが七代目として、前の持ち主が六代目、椋西さん以降八代目が騙されたお家、九代目が騙した男、か──。うーん、こうやって聞くと、人に歴史あれば、モノにも歴史があるんだな。
すっかり忘れてました、と真久部さんは肩を落としている。オルゴール演奏手順の写しまでもらったのに……と。
「まあ、持ち主何代目といっても、その間が曖昧で、抜けていることのほうが多いんですけどね……。六代目以降の空白がわかった、というだけのことでしたから……」
それまでは、五代目がオルゴールについて分かる最終の来歴だったという。
特に難しい 道具については、詳細が分からなければ取り扱いを見送ることもあると、前に真久部さんから聞いたことがある。が、五代目で既に「正しい手順でなければ開かないが、間違うとこの世ならぬ声が聞こえるので要注意」「上手く転がせば開かなくても音を聞くことができる」は分かっている道具だったので、店に仕入れることにしたそうだ。
「でも、そのことと、今日来たその、先代椋西さんの長女という人とは、どういう関係が……?」
この店に来る直前の持ち主だというなら、わからなくもない。でも、先代の手を離れてから少なくとも二人の人間の手を経ているわけだから、何で今更? と不思議に思ってしまう。
「──これは開かずの箱だということを思い出してください」
真久部さんはそんなことを言う。
「え……? それは先代椋西さんのところにあっても、そうだったんですよね?」
開けるのに手間取る箱としてより、ただの変わったオルゴールとして楽しんでいたとさっき聞いたけど。
「先代が亡くなってから、椋西家では遺産相続を巡る争いが勃発しているらしくてね。──そのことと関連しているんじゃないかと、僕は思うんですよ」
「……このオルゴールが?」
「ええ」
読めない笑みでうなずく真久部さん。どういうこと?
「そういうの、ロマンじゃないですか」
あっちの棚に置かれてる、俺が特に苦手な鯉の香炉だってさ。例えば『水戸光圀公が西山荘にてご愛用の品』とか聞いたら、へー、すごい! ってなるもんね。華美を嫌ったご老公が、雅な香ではなく蚊遣り火を焚いていた逸品、とかなら、少しは親しみが……湧かないかもしれないけど、なんだろう、やっぱり少しは見る目が変わるかな? 単純?
「そう、古い道具を彩るロマンです」
真久部さんは俺の言葉にうなずく。
「もちろん僕もそういう話は好きだし、道具を扱う者として可能な限り知っておいたほうが良いことでもある。ただ、そこに付け込む業者もいるのでね……戦国武将誰某が家臣、何某の部下の部下の○○家に仕えた△△家傍系××家、くらいになったらもう全然元の武将とは関係ないのに、『戦国武将誰某所縁の品』なんて言って値を吊り上げたりしますから」
歴史上の有名な名前を挙げておけば、それだけで有り難がって買う客はいるのでねぇ、と困り顔。──やっぱり俺、単純だったらしい……。
「本当のことならいいんですよ、でも……、骨董の声を聞く伯父曰く、出鱈目はやはり多いそうです。
あの人は悪趣味だから──、と真久部さんは、そんな伯父を持って、悟るしかなかった甥の溜息を吐く。
「悪意はなくても、箱の入れ間違い、なんてこともありますから。目利きが扱ってもそういうことはあって、それは道具自身が違う箱に入りたくて──、と話がずれてしまいましたね」
伯父の話をすると、つい脱線してしまいます、と俺に向けたのではないらしい怖い笑みを浮かべてる。こめかみぴくぴくしてそう……。あの伯父さんには苦労してるようだものね、真久部さん。俺も同情するよ……口に出さないけど。
「そんなわけで、この手帳には道具について、
「……」
そういえば、骨董古道具仕込みの話を伯父さんから聞かされて育った真久部さん、小学生のとき級友に古い時代の日本の話みたいなのしたら、笑われたって言ってたっけなぁ。それから本をよく読むようになったって。正しい情報はともかく、
「先代椋西さんのお陰で、分からなかったこのオルゴールの持ち主の、六代目からを詳しく記すことができたんですよ。前の持ち主の名前も教えてもらえたので」
先代椋西さんが七代目として、前の持ち主が六代目、椋西さん以降八代目が騙されたお家、九代目が騙した男、か──。うーん、こうやって聞くと、人に歴史あれば、モノにも歴史があるんだな。
すっかり忘れてました、と真久部さんは肩を落としている。オルゴール演奏手順の写しまでもらったのに……と。
「まあ、持ち主何代目といっても、その間が曖昧で、抜けていることのほうが多いんですけどね……。六代目以降の空白がわかった、というだけのことでしたから……」
それまでは、五代目がオルゴールについて分かる最終の来歴だったという。
特に
「でも、そのことと、今日来たその、先代椋西さんの長女という人とは、どういう関係が……?」
この店に来る直前の持ち主だというなら、わからなくもない。でも、先代の手を離れてから少なくとも二人の人間の手を経ているわけだから、何で今更? と不思議に思ってしまう。
「──これは開かずの箱だということを思い出してください」
真久部さんはそんなことを言う。
「え……? それは先代椋西さんのところにあっても、そうだったんですよね?」
開けるのに手間取る箱としてより、ただの変わったオルゴールとして楽しんでいたとさっき聞いたけど。
「先代が亡くなってから、椋西家では遺産相続を巡る争いが勃発しているらしくてね。──そのことと関連しているんじゃないかと、僕は思うんですよ」
「……このオルゴールが?」
「ええ」
読めない笑みでうなずく真久部さん。どういうこと?