第278話 招き猫なら良いご縁

文字数 2,044文字

何となく、最後にひとつ残って寂しげな塩むすびを見ていると、読めない笑みのまま可愛い柄の小皿を取り出してそこに載せ、帳場机の上に置きにいった。

ん? 

俺の不思議そうな顔に気づいているだろうに、戻ってきた真久部さんは何も言わずにまたにっこりしてみせ、そのままちゃぶ台コタツの上をささっと片づけてしまうと、少しの間店番お願いしますね、と台所へ去って行った。──ご馳走になったんだから、洗い物くらいさせてもらいたかったんだけど、まあ……。


 チッ チッ チッ チッ……
 ッチッチッチッチ……
 チチツツチチツツチッチッチ……


古時計たちの秒針の音。一部乱れ打ちのようなのがいるけど、無視。台所とは戸と短い廊下を隔てているので、あっちの物音は聞こえない。時計の音以外、しーんとしてる。足元はコタツで暖かいし、腹はくちくなってほこほこ。そうなるとだんだんと眠く──。


 おにぎり おにぎり
   しろまんま しろまんま
  おむすび おむすび
    わーい わーい


小さい子供たちのはしゃぐような声が、遠く聞こえる。あれ、ラジオなんかつけてたっけ? ここ、外の音も聞こえにくいし。

夢?

あ、そうか、夢なんだ。ってことは俺は眠ってるのか……? ダメだ、よそ様で居眠りなんかしちゃ。ここ(慈恩堂)ではついうっかりうとうとしてしまうことが多いけど、もてなしてくれた主が洗い物してるっていうのに、お客の俺がコタツで寝てるなんて……。


  おにぎり うめえ
   おむすび わーい
 

 ほら、持って行っていいから、静かにしなさい


「!……」

パチッと目を開けた。閉じていたってことは、やっぱり居眠りしてたんだ。いかんいかん。頭を振っていると、目の前にいつの間にか湯気を立てる湯呑み。

「どうぞ、食後のお茶です」

気づくと、いつの間にか真久部さんもコタツに入っていて、梅の柄の湯呑みを持って指先を温めているようだった。

「……誰かと、しゃべってました?」

頭がぼーっとしてる。

「いいえ……? ああ、きっとお疲れなんですよ、何でも屋さん。朝の早い仕事だものねぇ。──何なら、ここで昼寝していきますか?」

そう言って、悪戯っぽく首を傾げてみせる。

「いや、あはは。まさか、そんなずうずうしいことは」

っていうか、うっかりうとうとするのと、本格的に昼寝するのは違うと思うんだ、よそ様で。それに、慈恩堂で仮眠なんて、意識的にするのは無理。古時計たちの音や何かの軋むかすかな音が気になって、とても眠れないと思う。目蓋の裏の暗闇と、店の隅の暗がりが繋がってしまうような気がして……。

「何でも屋さんはそう言うと思いましたよ。──きみが眠ると……たちがきみと遊べるから喜ぶんだけどね」

店内のどこか、並べられた品物たちの落とす影の向こうを見ながら、後半、呟きに紛らせて真久部さん。店番のたびについうとうとしてしまう俺は、そんな覚えはないんだけども──。

「あ、あの、えっと……そう、水無瀬家の招き猫! 店の中に無いようなんですけど、売れたんですか?」

「そうそう、あれねぇ」

唇の両端をにったり上げて、地味な男前がうれしそうな顔をする。──怖いこと考えそうになるのを避けようとして、もっと怖いほうに話を振ってしまった。俺の馬鹿!

「呪術の痕跡は取り去ったものの、クセ(・・)があるので大丈夫かと案じていたんだけど、幸い気に入ってくださった方がいて」

「そ、そうなんですか」

もう、話を聞くしかない。出してもらったお茶をずずっとひと口、俺は無理やり気持ちを落ち着かせた。

「先日、ふらっと店に入ってきた人でねぇ」

駅裏の喫茶店に用があって来たのに、道に迷って途方に暮れていたんだそうです、と言う。

「店名を聞いたらすぐ近くだし、場所の説明をしようとしたところ、あの招き猫に目を留めて」

「……」

みょーに存在感あったもんな、アレ……。隣の小判持ったヤツもたいがいアレだけど。

「その場でお買い上げくださいました。三毛柄が気に入ったということでねぇ。もうひとつふたつ招き猫はあるけれど、そちらは全部白でしょ? 船にはやっぱり三毛猫が良いと喜んでらしてね」

その方、実は漁師さんらしいんですよと聞いて、ああ、と俺は納得した。

「昔は、船に雄の三毛猫を乗せると縁起がいいって言われてたんですよね」

「ええ。しかもあの招き猫はよくある小判ではなくて魚を抱えていたでしょう? だからなおさら縁起がいいと」

一目ぼれだったそうですよ、とにっこり。

「きっとあの道具とその方は縁があったんでしょう──。それも、とても良い縁だったと思うんだよ」

古い道具と人との縁を繋ぐことを仕事にしている真久部さんにとって、とてもうれしいことだったというのはわかるから、俺もうれしくなった。

「そうですね。──あれって、元は良くない目的で作られたものだったけど、良いようになるなら、お互いに幸せってことかぁ……」

うんうん、とうなずいていると、真久部さんは読めない笑みのまま続けた。

「あの招き猫を作成した人は、きっと猫が好きだったと思うんです」

え? だって──。
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