第158話 煙管の鬼女 6

文字数 2,024文字

「この“六条”、使ってるときの様子、きみにはどう見えた?」

何でも屋さんがこの店に入ってきたときの僕の様子ですよ、と真久部さんはつけ加える。その眼が、何故か悪戯っぽく見える。

「え? えーっと……」

やたら(あで)やかな美形に見えました、って言ってしまっていいのかな……。それだと普段は不細工って言ってるみたいみたいだし……。いや、真久部さんは男前だよ! 地味……いや、主張が激しくないだけで。

「妙に(なまめ)かしく見えなかったですか? たとえば、そう、歌舞伎の女形みたいな雰囲気」

「……」

男相手に花魁みたいに見えたっていうより、まだ歌舞伎の女形って言ったほうがマシかな? そう考えて、俺はなんとかなずいていた。

「……目の錯覚だと思ったんですけど」

真久部さんは低く笑う。

「さっきのきみも、そんなふうに見えてましたよ。煙を吸って吐く仕草も、それは色っぽく」

「ええっ!」

真久部さんが“六条”を使ってたときの、婀娜な艶姿(えんし)を覚えてるぶん、自分もそんなふうに見えてたなんて衝撃。てか、想像したくない。今日は俺、芙蓉(女装好きの知り合い)に女装させられてたわけでもないのに……。

「それはね、“六条”の仕業なんですよ」

種明かしをするように、真久部さんは言う。

「これを使っているあいだは、仕草も所作も艶やかで美しい、絶世の美女になれるんだ」

「いや、別にならなくてもいいです」

俺、たまに女装バーのオーナー(芙蓉)に戯れで女装させられることがあるけど、俺自身別にそういう趣味はない。俺の言葉に、真久部さんはまた可笑しそうに笑った。

「もちろん、我々男はね。だけど、女は違う。美しくなれると聞けば、使ってもみたくなる。男でさえそんなふうに見えるんだから、女が使えば──それこそ、傾城になれると思いませんか?」

「……」

俺は想像してみた。──うーん、そうかも。俺ですらそんなふうに見えるなら、商店街の女将さんたちでも、ふるいつきたくなるくらいの美女になっちゃうかも。

「“六条”の二番目の持ち主になった遊女は、悲惨な最期を遂げたとさっき言ったけれど、“六条”の仕業、その効果のせいでそんなことになったんですよ。要するに、美女になりすぎた。ずっと平凡な容姿だった女が、男を惑わす魔性の美女に」

女の場合は吸わなくても、持ってるだけで元の二倍でも三倍でも綺麗に見えるようになるらしいのでね、そう真久部さんはつけ加える。

美女になりすぎて困る、なんてこと──。

「いや、でも遊女だったんなら、綺麗になったら人気が出て、人気が出たら売れっ子になって、借金が早く返せるようになるんじゃ?」

「理屈ではそうなんですけどねぇ……」

真久部さんは曖昧な笑みを浮かべる。

「そうは簡単にいかないのが苦界。金の卵を生む鵞鳥みたいなものだから、楼主、つまりオーナーはそんな稼ぎ頭を手放したくない。だから何だかんだと理由をつけて借金を増やさせる。この遊女はどの位の遊女だったか、とにかく太夫ではなかったし、居た店も格の高い店ではなかった。だから楼主の程度も低く、高く売れる女を大切にするどころか、彼女が売れっ子になる前よりも、ずっと多くの男を取らせた」

「……」

「ただでさえ重労働なのに、もっともっとさらに寝る間もないくらい、客の相手をさせられる。以前のほうが楽だったと、思えるほどだったんじゃないかなぁ」

それなら、“六条”を手放せばいいと思うでしょう? そう真久部さんが言うので、俺はうなずいた。そんなふうになってしまうなら、もう呪いのグッズに等しいんじゃないか?

「でもね、女性にとって美を手放せというのは、命を失えというのに等しいこと。少なくとも彼女にとってはそうだったんだろうね。冴えない下っ端遊女だった自分が売れっ子になり、朋輩たちにも大きな顔ができるようになった。男たちは美人だ綺麗だと持て囃す。それまで一度ももらえたことのなかった贈り物や、少しはいいものも食べられるようになったでしょう。“六条”を手に入れてから、彼女にとっては幸運続き、とても手放せるものじゃなかっただろうね」

「……」

溜息しか出ない。ブラック労働がさらにブラックになっても、以前に比べたらリターンが大きすぎて、今更辞められない、みたいな感じなんだろうか。それと──美しさ、か。そこは男にはわからないものがあるかなぁ……。

「“六条”からもたらされる美しさは、彼女には過ぎたものだったといえます。ほら、宝くじで高額当選して、却って不幸になる人も多いでしょう? お金の使い方を知らなければ、お金に振り回されてどこを向いてるのかわからなくなってしまう。美しさもそう。使いどころを知らなかった彼女は振り回されるしかなかった」

それもまた、“六条”の負の力であったでしょう、と真久部さんは続ける。
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