第312話 前日潭 ちょぴりビターなバレンタイン?

文字数 1,422文字

今日はバレンタインデー。
モテるモテない関係なしに、たくさんのチョコレートが飛び交う日。

義理チョコ、友チョコ、気持ちチョコ。
本命チョコは誰のため? 贈らず食べちゃあダメでしょう。

「だって、あの人に恋人がいるって知らなかったんだもん」

お高いお店の生チョコを食べ過ぎて、キモチ悪くなってしまったという彼女。

「あー。その場合は義理チョコってことにして、もうあげてしまえば……」

「アッツアツの恋人たちに、一万越えの高級おやつを提供しろっていうの? バッカじゃない?」

「だからって、公園で独りヤケ食いなんて……」

するから、こんなところで酔っ払いみたいにリバースすることになってしまったんじゃないかなぁ。──生チョコは、食べ過ぎると胃にクるよ。

「そうでもしなきゃ、やってらんないんだからしょうがないじゃない! ……う、うぐ──」

あー……。

「……まあ、そういうのは吐ききったら楽になると思いますよ」

背中をさすってあげたいけれど、相手は若い女性。オジさんはそこの自動販売機で冷たい水でも買ってきてあげよう。

「胃の具合、どうです? 落ち着きましたか?」

街灯の下、青白い顔の彼女がうなずく。

「この水あげるから。良かったら手、洗う? うがいもすればいいですよ」

手を流してあげてから、残りの水も渡す。

「まだ若いし、綺麗なんだし。もっといい人がいるよ、きっと」

まだ俯いてる彼女。でもなぁ。

「もう暗いし、若い女の子が一人でこんなとこにいると危ないよ。さ、落ち着いたんなら立って。帰りましょう。身体冷えてコロナにでもなったら困るでしょ?」

家まで送るよと、俺はずっとお座りして待ってくれていたグレートデンの伝さんを示す。

「犬の散歩の途中だし、オジさん、おかしなことしないよ。心配なら近所のコンビニとかまででもいいんだし。な、伝さん?」

「おん!」

「──でんさんっていうの? おっきな犬……」

「おふん、ふん」

しげしげと見つめられて、伝さん何だか誇らしそう。

「グレートデンっていう犬種なんだよ。伝さんたら、こう見えて(オトコ)でね、前に、あの公園で危ない目に遭ってる女の子を助けたこともあるんだ」

驚いたように顔を上げる彼女に、俺はうなずいてみせる。

「だから、きみを放って置くことができなかったんだよ」

近頃物騒だし、心配でね、と続けると、彼女は小さな声で「ありがとうございます」と言い、しおらしく頭を下げた。──冷静になったら、なんだ、礼儀正しくて良い子じゃないか。

「……生きてると、色んなことあるよね。な、伝さん」

「おん」

実は犬好きだったらしい彼女、伝さんの頭を撫でながら「でも、生きてても辛いことばっかり……」と呟く。立ち直りには、まだ時間がかかるようだ。

「あはは、失恋は辛いよね。わかる、俺も経験あるし……。でもさ、昔、女友達が言ってるのを聞いてね、けだし名言だと思ったんだけど──」

その言葉を、俺はちょっと女性っぽくして言ってみた。そしたらウケた。その場にしゃがみ込んで大笑いするほど、大ウケした。


『どんな男との別れより、諭吉との別れが一番辛い……!』


笑えるなら、もう大丈夫だ、お嬢さん。
な、伝さん?

「おん!」





俺もつられて笑いながら、学生時代のあの日、空き教室で友チョコパーティを開いて、モテない男どもを(いた)わってくれた女の子たちの、あの賑やかな笑い声を思い出す。

ありがとう、きみたちの明け透けな会話にはドン引きだったけど、そのとき聞いた言葉が、きみたちの人生の後輩さんにも役に立ったよ!
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