第181話 寄木細工のオルゴール 19
文字数 2,050文字
「ええ。間違った手順を重ねると、最初の数手順くらいはどうということはなくても、進めるにつれ、手の中の感触にも違和感を感じるようになるはずです。それまではするする動いていた板が、徐々に動きにくく、固くなってくるんですから」
「うーん……。古いせいでそうなる、と思っちゃうんでしょうか……」
でも、それまでスムーズに動いていたのがしぶしぶになってきたら、あれ、間違ってるのかも? という疑問は、過るかなぁ。俺ならその辺でやめておくかも。怪しい道具だからということではなく、単純に壊したくないと思うから。無理したら、どっかパキッとやりそうで怖い。
ああ、だけど──。
「でも、止めない人は止めないのかもしれません。たとえば、スマホの充電コネクタを逆に挿そうとして、それで上手く嵌らないのに、無理やり押し込んで壊す人っていますから……」
このあいだ、樋掃除に出かけた先であったんだ。新品のスマホなのに充電できない! 壊れてる! ってお怒りのケース。俺は未だにガラケーだし、スマホはあんまりわからないけど、充電用ケーブルの扱いは同じだから、ちょっと見せてもらった。そしたら、コネクタの先が微妙に歪んでる。
これはひょっとして……と思って、逆に差してませんか? ってたずねたら、スマホデビューしたばかりの橋元さんきょとんとして、これって裏表があったのか? って……。やっぱりよく見ずに押し込んでいたらしい。──ふだん掛けてない老眼鏡をしてもらって、よく見てもらったよ。コネクタ部分が台形を押し潰したような形になってるってこと……。
道理でやたらと差込口が固いと思ったよ……って、橋元さん憮然としてたけど。組木の板も、コネクタも、どんなものでも間違いを強引に押し通そうとすると、余計に力が要るものなんだなぁ。まあ、当たり前か。
後から橋元さんには、無理やり逆に挿し込もうとしたことで、本体側のコネクタ内部も変形してしまい、結局買い替えになってしまったと聞いた。でも、芸術品ともいえるほどの組木の箱はワン・アンド・オンリー。壊れたらお終いだ。
「一手順ごとに動きにくくなるばかりか、手の中に木の微妙な撓 りや撓 みも感じるはずですよ。そこで止めればいいものを、まだ先を続けようとする──。板の軋む音がするようになっても止めないのは、判断ミスとしか言いようがないと思いますね」
真久部さんは手厳しい。でも、確かにそうかも。
「こういう指物? とは全然違うけど、組み立て式家具でもそういうのありますね。たまに、お客さんが自分でやってみたけど分解しそう、ってヘルプがあるんですけど、たいがい部品の左右や上下を間違ってるのに、そのまま無理に組み立ててるんです。それを指摘すると、そういえば……って言うんです。そういえば、途中であちこちが撓んでるのに気づいてたって」
そこでいったん止めて考えてみれば、ちゃんと自分で組み立てることもできたでしょうに、と言うと、真久部さんはうなずく。
「異変を感じるのにそれを無視するというのは、ある意味生存本能に欠けてるともいえますね。わかっていてもやるのはただの馬鹿だよ」
「あはは、まあ、ねぇ……」
お客さんの代わりに、笑って誤魔化しておく。たまに、修復不可能なくらい部品が壊れている場合もあるから……。もう買い直したほうが早いですよ、と言ったら怒られたっけ。だって天板にヒビ入ってたし、薄い裏板は歪みすぎて割れてたし……。
しょうがないからホームセンター行って似たような板買ってきて、なんとか再組み立てをした。糸鋸で切ってたら、木屑が飛ぶってまた怒られたんだよな。外で切ってたのに。仕事料も当然割り増しでもらったけど、それにも文句言われたっけなぁ……。難しいお客さんだった。
「色んな人がいますから……」
そうとしか言えない。
「自業自得っていうか、お客さんの場合は自分の不注意、判断ミスでよけいにお金を失ったけど、その男は命を失っちゃったんですね。──お金で済むうちはまだ幸せってことかなぁ」
お金で命は買えないですもんね、と言うと、お金も命あってこそですから、と真久部さんは微妙な笑みを頬に浮かべる。
「……ああ、だんだん思い出してきましたよ。先代椋西さんがその男を疎んだ理由。コイツに譲ったら最後、オルゴールが壊されてしまうかもと思った以外にも、子供たちにおかしなことを吹き込んだのが許せなかったと──、ええ、確かそんなふうにおっしゃってました」
「子供?」
「そうです。先代には子供が三人いてね。娘二人と、末に息子の三人きょうだい。長女が清美さんです。──その男とは恩ある人の紹介で知り合ったとかでねぇ、なかなか無碍にもできなかったようですよ。大学で民俗学を専攻している院生で、各地の伝統工芸品について論文を書いている。現在では骨董となっているそれらの道具を実際に見たいそうだから、是非協力してやってくれないかと頼まれたそうで」
先代の蒐集物は質がいいと、当時でも愛好家たちのあいだで有名だったそうですから、と真久部さんは言う。
「うーん……。古いせいでそうなる、と思っちゃうんでしょうか……」
でも、それまでスムーズに動いていたのがしぶしぶになってきたら、あれ、間違ってるのかも? という疑問は、過るかなぁ。俺ならその辺でやめておくかも。怪しい道具だからということではなく、単純に壊したくないと思うから。無理したら、どっかパキッとやりそうで怖い。
ああ、だけど──。
「でも、止めない人は止めないのかもしれません。たとえば、スマホの充電コネクタを逆に挿そうとして、それで上手く嵌らないのに、無理やり押し込んで壊す人っていますから……」
このあいだ、樋掃除に出かけた先であったんだ。新品のスマホなのに充電できない! 壊れてる! ってお怒りのケース。俺は未だにガラケーだし、スマホはあんまりわからないけど、充電用ケーブルの扱いは同じだから、ちょっと見せてもらった。そしたら、コネクタの先が微妙に歪んでる。
これはひょっとして……と思って、逆に差してませんか? ってたずねたら、スマホデビューしたばかりの橋元さんきょとんとして、これって裏表があったのか? って……。やっぱりよく見ずに押し込んでいたらしい。──ふだん掛けてない老眼鏡をしてもらって、よく見てもらったよ。コネクタ部分が台形を押し潰したような形になってるってこと……。
道理でやたらと差込口が固いと思ったよ……って、橋元さん憮然としてたけど。組木の板も、コネクタも、どんなものでも間違いを強引に押し通そうとすると、余計に力が要るものなんだなぁ。まあ、当たり前か。
後から橋元さんには、無理やり逆に挿し込もうとしたことで、本体側のコネクタ内部も変形してしまい、結局買い替えになってしまったと聞いた。でも、芸術品ともいえるほどの組木の箱はワン・アンド・オンリー。壊れたらお終いだ。
「一手順ごとに動きにくくなるばかりか、手の中に木の微妙な
真久部さんは手厳しい。でも、確かにそうかも。
「こういう指物? とは全然違うけど、組み立て式家具でもそういうのありますね。たまに、お客さんが自分でやってみたけど分解しそう、ってヘルプがあるんですけど、たいがい部品の左右や上下を間違ってるのに、そのまま無理に組み立ててるんです。それを指摘すると、そういえば……って言うんです。そういえば、途中であちこちが撓んでるのに気づいてたって」
そこでいったん止めて考えてみれば、ちゃんと自分で組み立てることもできたでしょうに、と言うと、真久部さんはうなずく。
「異変を感じるのにそれを無視するというのは、ある意味生存本能に欠けてるともいえますね。わかっていてもやるのはただの馬鹿だよ」
「あはは、まあ、ねぇ……」
お客さんの代わりに、笑って誤魔化しておく。たまに、修復不可能なくらい部品が壊れている場合もあるから……。もう買い直したほうが早いですよ、と言ったら怒られたっけ。だって天板にヒビ入ってたし、薄い裏板は歪みすぎて割れてたし……。
しょうがないからホームセンター行って似たような板買ってきて、なんとか再組み立てをした。糸鋸で切ってたら、木屑が飛ぶってまた怒られたんだよな。外で切ってたのに。仕事料も当然割り増しでもらったけど、それにも文句言われたっけなぁ……。難しいお客さんだった。
「色んな人がいますから……」
そうとしか言えない。
「自業自得っていうか、お客さんの場合は自分の不注意、判断ミスでよけいにお金を失ったけど、その男は命を失っちゃったんですね。──お金で済むうちはまだ幸せってことかなぁ」
お金で命は買えないですもんね、と言うと、お金も命あってこそですから、と真久部さんは微妙な笑みを頬に浮かべる。
「……ああ、だんだん思い出してきましたよ。先代椋西さんがその男を疎んだ理由。コイツに譲ったら最後、オルゴールが壊されてしまうかもと思った以外にも、子供たちにおかしなことを吹き込んだのが許せなかったと──、ええ、確かそんなふうにおっしゃってました」
「子供?」
「そうです。先代には子供が三人いてね。娘二人と、末に息子の三人きょうだい。長女が清美さんです。──その男とは恩ある人の紹介で知り合ったとかでねぇ、なかなか無碍にもできなかったようですよ。大学で民俗学を専攻している院生で、各地の伝統工芸品について論文を書いている。現在では骨董となっているそれらの道具を実際に見たいそうだから、是非協力してやってくれないかと頼まれたそうで」
先代の蒐集物は質がいいと、当時でも愛好家たちのあいだで有名だったそうですから、と真久部さんは言う。