第271話 真久部さんをフォロー?
文字数 1,843文字
思わず遠い目になってしまう俺をよそに、話は続いてる。
「さて。一介の骨董屋が係われるのは、ここまでと思います」
真久部さんは一礼する。
「あとは、神職の方の領分でしょう──。家神様に、いま宿っておいでの場所から新しい磐座にお遷りいただこうというわけですから。前回はやむにやまれぬ事情でご自分で居場所を遷されましたが、場所を用意したので今回もご勝手にどうぞ、というわけにはいきません。ふさわしい祭祀を執り行う必要があります」
「それはもちろん」
水無瀬さんはしっかりとうなずく。
「もちろん、慈恩堂さんのおっしゃるとおりじゃ。明日にでも例祭の時に世話になる神社に直接行って、宮司さんに相談してみることにしますよ」
「古いほうの……割れた磐座についても、神職の方にご助言いただけるならそのほうがいいと思います。長いあいだ、坐しておられたものですから」
ああいうものは、そのまま放っておいて良いようなものではありませんから、と続ける。
「我々のような者 が扱って良いものでもありません。下手に売り買いなどしようものなら、命を持っていかれます。──もし。誰かが聞きつけて欲しいと言ってきても、水無瀬さん、絶対渡さないでいただきたいんです」
「あ、ああ……だが、そんな人がいるのかね?」
欲しがる人が、とたずねられて、真久部さんがにっと笑った。
「人だけとはかぎりませんよ」
「……」
水無瀬さんが困ってる。慈恩堂さん が本気なのか冗談なのか、図りかねてるのがわかる。
「いや、ほら! 人間でも狸みたいな人いるじゃないですか。そう、お代官様と越後屋みたいな! どこから何をどう聞きつけてくるかわからなかいような、得体のしれない人たち。狐と狸の化かし合いっていうか」
俺は焦った。何で焦ってるのかわからないけど焦った。
「異様に耳の早い人って、どこにでもいますもん。ここにいる三人が誰にも話さなくても、祭祀をしてもらう関係でどっかから洩れて……ほら、石だから。パワーストーンとか、勘違いする人が。ね? 真久部さん」
「……そうですね」
真久部さんが目だけで笑って、俺をちらりと見る。
「何でも屋さんのおっしゃるとおり、世の中には色んな人 がいますから。でもたぶん、祭祀のあとは焚き上げるか──、池に沈めるのが良いと神職さんもおっしゃると思います」
こちらの池の金魚なら、家神様の力の残滓に触れても大丈夫でしょうし、と続ける。
「きっと、良いようにしてくださるでしょう。処置が適切であれば、問題はないものと考えます──僕が心配するような、妙なもの も寄り付かないでしょうね。いずれにせよ、餅は餅屋に任せておけば憂いなし、ということですね、何でも屋さん」
にこりと微笑んでみせてから、お茶で口を湿らせるふりで、フォロー、ありがとうございます、と呟く。
「あはは……」
フォロー。そうか、俺、フォローしてたのか。いや、だってさ、ああいうのは、お店 だけにしておいてほしいっていうか。真久部さんたまに悪ノリして、引かれて、分かりにくく落ち込んでるときあるから──。
さっきのは本気だったとか、俺は知ってるけど知らないよ。
「こちらの大きい石は磐座として、欠片の石はどうすればいいでしょうかな、慈恩堂さん」
ガーゼハンカチの上にちまっと置かれた、柘榴のつぶっぽい小さい石を見つめる。
「それは、水無瀬さんがお持ちになっているのが良いでしょう、と伯父は申しておりました」
真久部さんが答える。
「磐座が定まれば、元はその一部だったこの小さな欠片も染まる からとか何とか。──一応、こんなものを縫ってきたんですが」
そう言いながら、小さな袋を懐から取り出してみせる。
「薄浅葱の、いい縮緬布がありましたので……水に似た色で、良いかと思うんです。中に入れれば水の中の金魚ということで……水無瀬さんの若くして亡くなった叔父様が、水を通して寄り付きやすくなるんじゃないかと伯父が申しましてね」
ああ……そうだ、水無瀬さんの叔父さんは、南の海に散ったんだった。海水でも淡水でも水は水だから、こういう約束事には添ってるのかもしれない──。なんて、何で俺は理解しちゃってるんだよ!
「叔父様は、家神様の御力をまとって行かれましたから。磐座の欠片石になら宿りやすいでしょうね。大きくなっても、幾つになっても、あの頃、身体が弱くて小さかった甥っ子のこと。ずっと心配してらっしゃると思いますよ」
「……つい最近まで、思い出しもしなかったのになぁ」
もう怖い夢も見ないのに、と、水無瀬さんは泣き笑いのような顔で呟いた。
「さて。一介の骨董屋が係われるのは、ここまでと思います」
真久部さんは一礼する。
「あとは、神職の方の領分でしょう──。家神様に、いま宿っておいでの場所から新しい磐座にお遷りいただこうというわけですから。前回はやむにやまれぬ事情でご自分で居場所を遷されましたが、場所を用意したので今回もご勝手にどうぞ、というわけにはいきません。ふさわしい祭祀を執り行う必要があります」
「それはもちろん」
水無瀬さんはしっかりとうなずく。
「もちろん、慈恩堂さんのおっしゃるとおりじゃ。明日にでも例祭の時に世話になる神社に直接行って、宮司さんに相談してみることにしますよ」
「古いほうの……割れた磐座についても、神職の方にご助言いただけるならそのほうがいいと思います。長いあいだ、坐しておられたものですから」
ああいうものは、そのまま放っておいて良いようなものではありませんから、と続ける。
「我々のような
「あ、ああ……だが、そんな人がいるのかね?」
欲しがる人が、とたずねられて、真久部さんがにっと笑った。
「人だけとはかぎりませんよ」
「……」
水無瀬さんが困ってる。
「いや、ほら! 人間でも狸みたいな人いるじゃないですか。そう、お代官様と越後屋みたいな! どこから何をどう聞きつけてくるかわからなかいような、得体のしれない人たち。狐と狸の化かし合いっていうか」
俺は焦った。何で焦ってるのかわからないけど焦った。
「異様に耳の早い人って、どこにでもいますもん。ここにいる三人が誰にも話さなくても、祭祀をしてもらう関係でどっかから洩れて……ほら、石だから。パワーストーンとか、勘違いする人が。ね? 真久部さん」
「……そうですね」
真久部さんが目だけで笑って、俺をちらりと見る。
「何でも屋さんのおっしゃるとおり、世の中には色んな
こちらの池の金魚なら、家神様の力の残滓に触れても大丈夫でしょうし、と続ける。
「きっと、良いようにしてくださるでしょう。処置が適切であれば、問題はないものと考えます──僕が心配するような、
にこりと微笑んでみせてから、お茶で口を湿らせるふりで、フォロー、ありがとうございます、と呟く。
「あはは……」
フォロー。そうか、俺、フォローしてたのか。いや、だってさ、ああいうのは、
さっきのは本気だったとか、俺は知ってるけど知らないよ。
「こちらの大きい石は磐座として、欠片の石はどうすればいいでしょうかな、慈恩堂さん」
ガーゼハンカチの上にちまっと置かれた、柘榴のつぶっぽい小さい石を見つめる。
「それは、水無瀬さんがお持ちになっているのが良いでしょう、と伯父は申しておりました」
真久部さんが答える。
「磐座が定まれば、元はその一部だったこの小さな欠片も
そう言いながら、小さな袋を懐から取り出してみせる。
「薄浅葱の、いい縮緬布がありましたので……水に似た色で、良いかと思うんです。中に入れれば水の中の金魚ということで……水無瀬さんの若くして亡くなった叔父様が、水を通して寄り付きやすくなるんじゃないかと伯父が申しましてね」
ああ……そうだ、水無瀬さんの叔父さんは、南の海に散ったんだった。海水でも淡水でも水は水だから、こういう約束事には添ってるのかもしれない──。なんて、何で俺は理解しちゃってるんだよ!
「叔父様は、家神様の御力をまとって行かれましたから。磐座の欠片石になら宿りやすいでしょうね。大きくなっても、幾つになっても、あの頃、身体が弱くて小さかった甥っ子のこと。ずっと心配してらっしゃると思いますよ」
「……つい最近まで、思い出しもしなかったのになぁ」
もう怖い夢も見ないのに、と、水無瀬さんは泣き笑いのような顔で呟いた。