第106話 お地蔵様もたまには怒る 25
文字数 2,194文字
すごいことを簡単に言っちゃってるけど。
「えっと、真久部さんは怖くないんですか?」
「何がです?」
「普通のラーメン屋だと思ってたのに、実は普通じゃなくて、人じゃなくてお地蔵様が作ったものを、知らずに食べてたこととか……」
「怖いですよ」
「そうですよね!」
だよな! あんまり淡々としてるから、何も感じてないのかと思ったよ。
「ですが、伯父のように怖いとも思わないほうがもっと怖いです。怖い、と思った何でも屋さんと僕は正常。ともあれ、作り手はお地蔵様であってもただのラーメン・マニアだし、狐や狸に化かされたわけでもなく本物の 食べ物で本物のラーメン。そういう意味では怖くない、というか、安心ですね」
あそこのラーメンが絶品なのは確かだし、と独り頷く真久部さん。自分で自分を納得させるよう努力してるように見えるんだけど──。いや、指摘はしないよ、だってさ……。
「今思えば伯父はあの店に行くたび、僕がいつ気づくか、気づいたらどういうリアクションをするか、わくわくしながら見守ってたんだろうねぇ……」
ほら、落ち込んでるみたいだし。
「じゃあ、これで伯父さんに正解を答えられますね?」
明るく言ってみたんだけど。
「まさか!」
卓球のカットみたいに、バシッと返事が返ってきた。
それからふっと息を吐くと、真久部さんは手元のお茶を優雅に飲み干した。皿に戻されたカップが、かすかな苛立ちを汲んでか、カチッっと小さな音を立てる。
「……そんな、伯父を楽しませるようなことしませんよ。今までどおり、何でもない顔で<あまりりす>のラーメンを食べてやります。──店主の正体については元々、普通の人間じゃないんだろうな、とは思ってても、知らないふりしてましたし。ただ、店自体が迷い家だとは思わなかったものだから」
どうして気づかなかったんだろう、って悔しそうだ。あの店は、お地蔵様ネットワークの交流所みたいな働きもしてるはずだと、推測を口にした。そんな場所に思うまま出入り出来るのは、伯父くらいのものでしょう、とも。普通の人間は、行こうとしてもあの店に入ることは出来ないと。
「僕も一人じゃ入れなかったでしょうね。いつも伯父と一緒だったから、ラーメン屋あまりりすは開いてたわけで、そうでなければこの駅前のチンとんシャンと同じように常に準備中の、廃店舗でしかなかったでしょう」
「そ、そうなんですか……」
廃店舗の交流所かぁ。お地蔵様以外の人外も集まってそうだな。
「でも、それで分かりましたよ、伯父が何でも屋さんに対して全く悪びれていない理由が。あの店のラーメンを食べさせておいたんだから、昨日みたいにお地蔵様を背負うことになっても、身体に負担がかかることは無かろう、とね」
真久部さんが言うには、あのラーメンは美味しいだけじゃなくて、食べると何かとご利益があるらしい。不眠やものもらいが治ったり、棚卸し作業で痛めた腰が良くなったり、精神的に落ち込んでたのが前向きになったり、宝くじが五千円当たったりと。さすが、見つけた人にしか入れない店の、レアな激ウマラーメン。一杯たったの五百円。
「だからといって、自分でやる力も時間もあったはずなのに、思いつきで人様にリスクを負わせたのはやっぱり許せません。──伯父はしばらく出入禁止にしましょう。あの人の気に入ってる掛け軸を、売ってしまいましょうか……」
店に来ても、居留守を使ってやりましょうね、とか笑ってない眼で呟いてる。ちょっと怖い。でも、俺のためにこんなに怒ってくれてるんだし……。
「まあまあ。もういいじゃないですか、真久部さん。伯父さんも、真久部さんが心配するほど考えなしに動いてるわけじゃないってことが分かったんだし」
「何でも屋さん……」
「それにね、俺、思うんです。伯父さんって、真久部さんが可愛くてしょうがないんですね」
「何ですか、それは」
伯父さんとはまだ三回くらいしか会ったことないけど、この真久部さんの反応と合わせると、俺にも分かることがある。
「伯父さん、甥っ子に構って欲しいんですよ。寂しいんです、きっと」
「寂しいって、あの人が……」
呆れたように溜息を吐く。でも、俺はめげない。
「ほら、真久部さん、前に言ってたじゃないですか。子供の頃、伯父さんから聞いた話が普通と違ってたせいで苦労したって。それって、伯父さんが古道具たちから直接聞いた話を、そのまま真久部さんに聞かせてたせいですよね?」
「ええ。お陰で周囲と話が噛み合わず、浮いた子供になっていましたよ……」
社会科の歴史のテストで悲惨な点数を取ってから、伯父の話は信用しないことにしました、と憮然とした口調で言う。
「それですよ!」
「……それ?」
「真久部さんにしてみてれば当然のことなんですけど、伯父さんは寂しかったんじゃないかなぁ。せっかくのお話を、可愛い甥っ子が聞いてくれなくなった。大人になったらなおさら、たまに会っても迷惑そうで、話を聞くどころか耳も貸してくれない。だからつい構ってほしくてつついてしまう」
お年寄りの中には、そうやって子に嫌われちゃう人がいるんですよ、と言うと、真久部さんは考えているようだった。
「……」
「でもね、俺が思うに、一番の理由は──」
「えっと、真久部さんは怖くないんですか?」
「何がです?」
「普通のラーメン屋だと思ってたのに、実は普通じゃなくて、人じゃなくてお地蔵様が作ったものを、知らずに食べてたこととか……」
「怖いですよ」
「そうですよね!」
だよな! あんまり淡々としてるから、何も感じてないのかと思ったよ。
「ですが、伯父のように怖いとも思わないほうがもっと怖いです。怖い、と思った何でも屋さんと僕は正常。ともあれ、作り手はお地蔵様であってもただのラーメン・マニアだし、狐や狸に化かされたわけでもなく
あそこのラーメンが絶品なのは確かだし、と独り頷く真久部さん。自分で自分を納得させるよう努力してるように見えるんだけど──。いや、指摘はしないよ、だってさ……。
「今思えば伯父はあの店に行くたび、僕がいつ気づくか、気づいたらどういうリアクションをするか、わくわくしながら見守ってたんだろうねぇ……」
ほら、落ち込んでるみたいだし。
「じゃあ、これで伯父さんに正解を答えられますね?」
明るく言ってみたんだけど。
「まさか!」
卓球のカットみたいに、バシッと返事が返ってきた。
それからふっと息を吐くと、真久部さんは手元のお茶を優雅に飲み干した。皿に戻されたカップが、かすかな苛立ちを汲んでか、カチッっと小さな音を立てる。
「……そんな、伯父を楽しませるようなことしませんよ。今までどおり、何でもない顔で<あまりりす>のラーメンを食べてやります。──店主の正体については元々、普通の人間じゃないんだろうな、とは思ってても、知らないふりしてましたし。ただ、店自体が迷い家だとは思わなかったものだから」
どうして気づかなかったんだろう、って悔しそうだ。あの店は、お地蔵様ネットワークの交流所みたいな働きもしてるはずだと、推測を口にした。そんな場所に思うまま出入り出来るのは、伯父くらいのものでしょう、とも。普通の人間は、行こうとしてもあの店に入ることは出来ないと。
「僕も一人じゃ入れなかったでしょうね。いつも伯父と一緒だったから、ラーメン屋あまりりすは開いてたわけで、そうでなければこの駅前のチンとんシャンと同じように常に準備中の、廃店舗でしかなかったでしょう」
「そ、そうなんですか……」
廃店舗の交流所かぁ。お地蔵様以外の人外も集まってそうだな。
「でも、それで分かりましたよ、伯父が何でも屋さんに対して全く悪びれていない理由が。あの店のラーメンを食べさせておいたんだから、昨日みたいにお地蔵様を背負うことになっても、身体に負担がかかることは無かろう、とね」
真久部さんが言うには、あのラーメンは美味しいだけじゃなくて、食べると何かとご利益があるらしい。不眠やものもらいが治ったり、棚卸し作業で痛めた腰が良くなったり、精神的に落ち込んでたのが前向きになったり、宝くじが五千円当たったりと。さすが、見つけた人にしか入れない店の、レアな激ウマラーメン。一杯たったの五百円。
「だからといって、自分でやる力も時間もあったはずなのに、思いつきで人様にリスクを負わせたのはやっぱり許せません。──伯父はしばらく出入禁止にしましょう。あの人の気に入ってる掛け軸を、売ってしまいましょうか……」
店に来ても、居留守を使ってやりましょうね、とか笑ってない眼で呟いてる。ちょっと怖い。でも、俺のためにこんなに怒ってくれてるんだし……。
「まあまあ。もういいじゃないですか、真久部さん。伯父さんも、真久部さんが心配するほど考えなしに動いてるわけじゃないってことが分かったんだし」
「何でも屋さん……」
「それにね、俺、思うんです。伯父さんって、真久部さんが可愛くてしょうがないんですね」
「何ですか、それは」
伯父さんとはまだ三回くらいしか会ったことないけど、この真久部さんの反応と合わせると、俺にも分かることがある。
「伯父さん、甥っ子に構って欲しいんですよ。寂しいんです、きっと」
「寂しいって、あの人が……」
呆れたように溜息を吐く。でも、俺はめげない。
「ほら、真久部さん、前に言ってたじゃないですか。子供の頃、伯父さんから聞いた話が普通と違ってたせいで苦労したって。それって、伯父さんが古道具たちから直接聞いた話を、そのまま真久部さんに聞かせてたせいですよね?」
「ええ。お陰で周囲と話が噛み合わず、浮いた子供になっていましたよ……」
社会科の歴史のテストで悲惨な点数を取ってから、伯父の話は信用しないことにしました、と憮然とした口調で言う。
「それですよ!」
「……それ?」
「真久部さんにしてみてれば当然のことなんですけど、伯父さんは寂しかったんじゃないかなぁ。せっかくのお話を、可愛い甥っ子が聞いてくれなくなった。大人になったらなおさら、たまに会っても迷惑そうで、話を聞くどころか耳も貸してくれない。だからつい構ってほしくてつついてしまう」
お年寄りの中には、そうやって子に嫌われちゃう人がいるんですよ、と言うと、真久部さんは考えているようだった。
「……」
「でもね、俺が思うに、一番の理由は──」