第269話 家神様好みのマイホーム?

文字数 2,615文字

「それは……確かに難しそうですね」

水と魚に馴染んだ石、なぁ……条件が曖昧すぎると思う。魚の腹に出来た胆石とか? 魚に胆石があるのかどうかは知らないけど。

「単純に質のいいものってだけなら、水無瀬さんなら簡単に手に入りそうですけど……」

多少値が張ったとしても、という俺の言葉に呟きに、ご老人は鷹揚にうなずく。

「まあな。だが、仮にも神様の磐座にしようというのだから、ただの石では間に合わないんだろう……な、慈恩堂さん」

話を向けられて、真久部さんがうなずく。

「ええ。質の良い、人の手垢のついてないようなものなら、使えなくもないとは思います。でも、できるならば、水無瀬家の家神様にとって宿り心地というか、居心地の良いものにしたほうがいいと考えているんです」

今まで仮住まいで窮屈にしてらしたんだし、せめて新居では気持ちよく過ごしていただきたいじゃないですか、と続ける。その言葉に、水無瀬さんは考え込んでいるようだ。

「たとえば、そうですねぇ。いくら上質のものだとしても、たとえば北欧風の家にいきなり移り住んで、何でも屋さんならすぐ馴染めます? ──別に中東風とか、東南アジア風でもいいですけども」

「……」

東南アジアふうと聞いて、俺はテレビCMで見るような海辺の高級リゾートホテルが頭に浮かんだ。南の植物を生かしたお洒落なインテリアに、大きな窓から入る潮風は気持ちよさそうで、とってもラグジュアリーな気分になれそうだけど──。

「旅行で滞在するなら、いいなーって思います。でも、そこで生活するとなるとどうかなぁ……」

俺は、今のコンクリート打ちっぱなしのボロビルがいい。夏は砂漠の真っ昼間、冬はシベリアの夜なみに冷えようとも。

元は何の用途で建てたのか知らないけど、三角形に近い変な台形をしてて。いくらドタドタしてても他に部屋は無いから俺以外の住民はいないし、洗濯物は屋上に干し放題、仕事に使う道具は下のシャッター付倉庫に入れられる。気を遣うような家具調度も無いし、汚したら自分で掃除すればいい。俺の生活スタイル(?)にぴったりだ。

うん、勝手に居ついた猫だって、そのまま居候をさせられるしさ。──インテリアは元妻にもらった頑丈なパキラだけでいい。

「儂も、そうじゃなぁ……生まれたときからこの家に住んどるから、いきなり全く違う様式の、全然馴染みのない家具や道具に囲まれたところで暮らせと言われたら、嫌じゃな」

慣れ親しんだ家が無理なら、せめて似たような家じゃなぁ、と水無瀬さんも呟く。

「まあ、住めば都、という言葉もありますし。どんなところだって長く住めば馴染めるんでしょうけれど」

真久部さんは軽く首を傾げてみせる。

「でも、慣れるまでは違いに戸惑うし、それで苛々することもあるでしょう。──そういうのは神様も同じだと、僕は思うんですよ。慣れ親しんだ家に近いものに収まれば、家神様だって気持ちよく仕事に専念できるでしょうし」

「そうか……、水無瀬家の家神様ですもんね」

水無瀬家を守護するのがお仕事、になるよな。真久部さんはうなずく。

「知らなかったとはいえ、六十年以上も壊れたまま磐座を放置してしまっていた現当主(水無瀬さん)の、お詫びの気持ちをね。新しい磐座選びにそれを感じられれば、悪い気はなさらないと思うんですよ」

これがいいから! と押し付けるんじゃなくて、好みも考えて尊重してくれたんだなと思えば、誰だってうれしいものじゃないですか? と真久部さんに言われて、俺と水無瀬さんはたしかにそれはそうですね、とうなずきあう。

「でしょう? ただ高価なだけのものなら、選ぶのは簡単なんですよ。──そう、ビーズ刺繍の大判クッションより、紫色の楽屋座布団です」

「……座布団?」

何で座布団──? そこに坐すという、磐座(いわくら)からの連想、だろうか。何やら力が入ってるけど、真久部さんたら、ビーズ刺繍で何か嫌なことでもあったのかな……?

「ええ、それがいくら良いものだったとしても、好みも何もない、もらってもまったくもってうれしくない、そんなものを押し付けられたら……しかも捨てられないなんて──」

自分の好みの押し付けは、喜ばれませんよね? そう言って、真久部さんはどこか遠いところを見るような目で昏く微笑む。

「……」
「……」

俺と水無瀬さんは目だけで会話して、ここは突っ込まないでおこうと瞬時に合意した。だって、なんか怖いんだ、真久部さん。──まだつき合いの浅い水無瀬さんも、それを感じているみたい。

「伯父が僕に押し付けた、つるつるごつごつして当たりの悪い、飾っておくしかないようなクッションはともかく、その伯父が水無瀬家のために見つけてきてくれたこれは、とても家神様のお好みに合ってると思います。きっと居心地も良いはず」

俺と水無瀬さんの慄きを知ってか知らずか、いつもの胡散臭い笑みに戻ったま真久部さんは、傍に置いていた大きめの桐の箱を座卓に移して中身を取り出した。

天鵞絨のようなふかふか布の上に置かれたそれを見て、水無瀬さんが息を呑む。

「これは……」

半透明の、溶けかけた塩の結晶がたくさんくっついたみたいな形をした石の上に、似たような多角形の、赤い石が細長く集まっている。

「これ、庭の池の金魚みたい……」

ぽろっとそんなことを口にしていた。水無瀬さんも「金魚が眠っておるようじゃ」と呟いた。

「菱沸石と、その中に生じた柘榴石です。加工したわけではなくて、元からこういう形です」

薄赤い金魚が水の中で身を休めているみたいに見える不思議な石に、とても素直に驚く俺と水無瀬さん。その姿に、どうやら真久部さんは心が和んだらしい。先ほどより落ち着いた声で説明を続ける。

「詳しいことは僕も知りませんが、沸石の仲間は空洞を生じやすいそうです。溶岩と水の相互作用……だそうですが、柘榴石だけではなく、他にもこんなふうにきれいな鉱物標本があるそうですよ」

「……じゃあ、これはそういう標本の一つだったんですか?」

目の前の石の塊は、大人の男の握りこぶし二つ分くらいの大きさがある。綺麗だし、形も珍しっぽいし、どこかの美術館? みたいなところで展示されていたものだって聞いても、驚かないと思う。

「……そういえば、預けた金額で足りたんですか、慈恩堂さん」

水無瀬さんも同じことを考えたんだろう、問いかけるような目を真久部さんに向ける。

「いえいえ」

慈恩堂店主は首を振り、また読めない──俺にとっては怪しく見える笑みをうかべてみせた。
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