第56話 貴重な人材 1

文字数 2,066文字

「へえ、絵のモデルをしたんですか」

真久部さんが言った。ここは古道具屋慈恩堂。

今日は朝からどうしようもなく曇っていて、すぐにでも雨が落ちてきそうだ。そんな鬱陶しい天気だというのに、よりによってこの怪しい店の店番。前々から頼まれてたし、台風が来てるからしょうがないんだけど、慈恩堂での仕事なら、爽やかに晴れてる日が良かったな。

雨の日の草刈りととどっちがマシだろう、と考えようによっては失礼なことを思いつつ、俺はつい最近体験した仕事について語る。

「ええ。ただじっと座ったり立ったりしてるだけなんですけど、肩凝りというか、全身が凝りました。バキバキって感じです」

物理的に凝り固まりそうでしたよ、というと、店主たる真久部さんは笑う。

「動いた瞬間に、乾いた石膏がパラパラと崩れ落ちそうだねぇ」

「あー、湿布薬のCMでそういうのありましたね。まさにあんな感じでしたよ」

「同じじっとしてるものを描いても、人を描いたものが“静物”に入らないのは、きっとそういうこともあるんだろうねぇ」

でも、知ってる? と悪戯っぽい目をした店主。

「動物の死骸を描いたものは、“静物”なんですよ。そうすると、人間も──」

「またぁ! すぐそういうこと言ってからかおうとするんだから」

止めてくださいよ、と軽く睨むと、店主はへらっと笑う。

「大丈夫、大丈夫。うちには九相図は置いて無いから」

くそうずって何? と聞きそうになったけど、店主がいかにも聞いて欲しそうな顔をしているから、やめておいた。

「──雨の降らないうちに、早く出かけたほうがいいんじゃないですか?」

「うまく避けたね。でも、そうだね。僕もいい加減にしないといけないねぇ……」

やりすぎて、きみに嫌われたら困る、と苦笑している。

「何ですか、それ」

真久部さん、変わった人だけど、嫌いじゃない。変わった人だけど、いい人だと思ってる。好きか嫌いかで言えば、好きのほうが多いと思うな、変わった人だけど。あんまり怖い話を続けるときはちょっと嫌いになるけど、そこら辺はもうしょうがないかなと思ってる。だって変わった人だし。

そんなふうな意味のことを言うと、珍しく照れたようにぽりぽりと頬を掻く店主。どこに照れの入る余地があったんだろう、変わった人連呼したのに。だけど、そんなポーズもさまになる。性格が残念な人だけど、男前は男前だからね。

「ほら、うちの店って人が続かないというか、短時間の店番ですらしてくれる人が今まで居なかったって、前にも言ったでしょう? そこにきみが現れた。きみは店番どころか、お使いまでしてくれる。仕事でなくてもたまに顔を見せてくれるし、だからうれしくてねぇ。来てくれると、ついはしゃいでしまうんだ」

貴重な人材は大切にしないと、と店主は何やら自分に言い聞かせている。っていうか、はしゃいでたのか、あれ……。

「──俺だってよく分からないことでお世話になったこともあるんだし、そんなに下手に出なくても。店番だって、これから先引き受けてくれる人が出てくるかもしれないじゃないですか」

何でも屋版・慈恩堂留守番仕事時の必殺(?)奥義『見ない見えない聞こえない。全ては気のせい気の迷い』を伝授することも吝かではない。うん。

「いやいや。うちみたいな店は、あんまりお高く留まってたらやって行けないから。常に謙虚な気持ちで、そこそこの品物を、そこそこの値段でね。正直な商売したいしねぇ」

ハッタリかます商売は、バレたらお終い。末路が怖いよ、色んな意味でねー、と何やら気になるセリフを残して、ようやく店主は出かけて行った。買い付けの前の下見というか、そんなんらしい。見積もり? よく分からん。

台風来てるときに行きたくなかっただろうけど、相手の予定に合わせたら今日になったって言ってた。動かせないらしい。

ともあれ、思いついたように怖い話をして、反応を楽しむような悪趣味さんがいなくなったので、俺は店番に専念することにする。──俺だって、別に店主を楽しませたくないんだよ。ただ、ちょっとそういう話に耐性が無いだけなんだ。

怖い話、嫌いなんだけどなぁ。最近、気がついたら怖い話の中の登場人物になってることがある、ような……。

「……」

俺は頭を強く振った。コンキンさんとかの記憶が過りそうになるけど、無視無視! 取り敢えず、お茶でも淹れよう。留守番人員厚遇で、いい緑茶を置いてくれてるんだよな。はあ、美味い。

爺むさく背中を丸めて湯飲みを抱え込む。外はちょっと蒸しっとするけど、ここは温湿度が一定で過ごしやすい。帳場に座って眺める店内は、いつも同じ……とは違うな、品物の入れ替えがある。俺が店番してるときに客が来たことないんだけど、いつ売れてるんだろう?

「……」

あんまり考えないようにしよう。

と、ちりりん、と可愛い音が鳴った。俺が店に来たときか、店主が出入りする時くらいしか聞いたことのない音。

え、客? 嘘!
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