第109話 お地蔵様もたまには怒る 28 終

文字数 1,893文字







その後。

俺には特に何も起こらなかった。真久部さんが危惧していた<障り>は元々無かったし、あれから伯父さんの顔も見ないし。そうそう、あの翌日、いつものように駅前で、元気にたこ焼き焼いてたシンジに聞いたら、るりちゃんの風邪はすぐに治ったという。

「やっぱり、風邪引いてる時はあったかいものが一番すよね! それにね、俺が超カンドーしたあの味、一度でいいからるりちゃんにも食べさせたかったから、良かったっすよ~! 美味しいものって、やっぱり大切な人にも食べさせたいじゃないですか」って、すっごく共感出来ることを言ってた。

るりちゃんも、「今まで食べたどのラーメンより美味しい!」って喜んでたらしい。「店が開いてるの教えてくれて、何でも屋さんと真久部さんには感謝っす!」とシンジはにぱっと笑ってた。

あー、俺も娘のののかに食べさせてやりたいなぁ……。

「ののか、パパの作ってくれるおにぎりと卵焼きが一番美味しいって言うのよね……。母親のあたしの立場、形無しなんですけど?」なんて元妻が笑いながら言ってたから、ま、いいのかな? 俺の握ったおにぎり、チンとんシャンのラーメンより美味しいって、ののかは思ってくれるかな?

……
……

まあ、あの件ではさ。真久部さんが俺が思ってたよりずっと信用出来る(・・・・・)顧客様だってことが分かったのが収穫かな。お金のことじゃないよ? 頼まれる仕事でさ、怖い思いはしても、怖いことにならないように気を配ってくれてたんだな、って。そういうこと。あと、伯父さんに比べたらすっごい常識人だと思う。

出来るところから地道に始めたお地蔵様防犯対策・GPS内蔵涎掛け作戦は、元から地域のお地蔵様のお世話をしているご老人方にも話して協力を得、じりじり数を増やしつつも特に変わりは無いらしい。動かない光点を見て、真久部さんは喜んでる。

そのうちもっと多くなってくると管理が大変になるからって、始めにヒントをくれた人がボランティアで手伝ってくれることになった、らしい。それって、もしかしなくてもネットの情報屋、<ウォッチャー>の<風見鶏>かなぁ……?

<風見鶏>、真久部さんにはどんなコードネーム? 付けるんだろ。俺は<風>だけど……。真久部さんなら、……何だろうな。思いつかない。うーん、お面なんかも店には置いてるから、<おかめ>と<ひょっとこ>とか? いや、そりゃ無いか。

しかし、今のところ接点は無いみたいだけど、真久部の伯父さんと<風見鶏>が知り合ったりしたらどうなるんだろう? 古道具繋がりで彼らから色んな話を引き出し、お地蔵様ネットワークすら利用することの出来る伯父さんと、インターネットの海を自在に泳ぎ回り、必要な情報をいくつも釣り上げることに長けている<風見鶏>と──。

考えるのやめとこ。なんか、あの世とこの世の端っこあたりが繋がっちゃいそうな気がするよ。くわばらくわばら……。

あの時の地蔵泥棒は、結局どうなったのか分からない。ただ、あれからしばらくして、外国人窃盗団が摘発されたというニュースを見た。いくつかグループがあり、そのうちの一つが山の中のお寺に盗みに入ったところを捕まったことがきっかけになったらしいんだけど……。

異変に気づいた住職さんが蔵を確かめに行ってみると、中には見たことのない男たちが蠢いており、全員、正気を失っていたという。互いに首を絞めあったり、持っていたバールのようなもので自分の足を粉々に砕いたり、喉を掻き毟ったり、指を自分の眼に突っ込んでぐちゃぐちゃにしてたり……。

失禁と脱糞の挙句に失神していた男から窃盗団のアジトが割れ、捜査員が向かうと、古い賃貸アパートがまるまるそいつらの巣窟になっていたそうだ。使ってない部屋にはあちこちの寺社から盗んできたと思しき仏像や、小さな狛犬狛狐、何が入っているのか分からない箱などが雑然と積み上げられていたらしいが、いくつかはわざと砕かれていたという。

アジトに残っていた者たちも、皆様子がおかしかったそうだ。母国語でひたすら何かを呟いていたり、全身で痙攣していたり、舌を先のほうだけ噛み切っていたり……。

さながら、生きていながら地獄にいるようだったという。

──お地蔵様もたまには怒る。

真久部さんの言葉を思い出し、ぶるっと震えた俺だった。見ていたネットニュースを閉じ、両腕を擦りながらふと見ると、居候の三毛猫がぼろソファに放っておいたブランケットの上で香箱を組んでいる。

気持ち良さそうに眠る猫の顔は、なんだかお地蔵様に似ていた。
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