第38話 コンキンさん 10 終

文字数 3,218文字

「今日俺たちが怖い目に遭ったことが?」

まさかと思いながら訊ねてみると、頷く。

「そうだよ。竜田さんが病気になって、代わりに何でも屋さんに祠巡りに行ってもらうことになったのも、そこに佐保という若い男が現れたのも、全て」

──祠守りの世代交代のイベント。

真久部さんはそう言った。

「たとえば竜田さんでは、アレが出たとしても一人前の男をその意志を無視して引き摺って走ることなど出来なかった。佐保という男は、それほどの恐ろしい目に遭わなければ祠に関心を持つことなど無かった。──そういうことなんだろうと思うよ」

「……」

否定出来ないのは、その言葉に説得力があるせいだ。まあ、否定する必要も無いんだけど。

確かに、高齢の竜田さんに佐保青年を引っ張って走る力があるとも思えないし、佐保青年も本当に痛い目に遭わなければ、あんなふうに謙虚な気持ちになることは無かっただろう。

「竜田さんもね、若い頃やんちゃしてたらしいんだけど、何かきっかけが──それは教えてもらえなかったけど、とにかく何かがあって、それをきっかけに祠守りをすることになったっておっしゃってたよ。もし祠守りにならなかったら、自分はロクなものにならず、ロクでもない人生を送って、ロクでもない死に方をしただろうと」

「佐保君も同じだと……?」

「さあ。でもきみの話を聞くかぎりでは、彼は竜田さんの若い頃のような青年のように思えるね。それに、彼は四つの祠への供え物を正確に言い当てたんだろう? 竜田さんもそうだったらしいよ。突然頭に閃いたって」

啓示みたいなものなのかもね、と一人納得している真久部さん。

まあ確かに、俺もあれには驚いたよなぁ。駄菓子と酒とぼた餅と稲荷ずし。俺が二番目の祠に供えたのはおはぎだったけど、おはぎとぼた餅は同じもので問題ないし。ってことは、佐保青年はナチュラルボーン・祠守りだったのか? あの四つの祠専用の。

「ん? ってことは、世代交代を仕組んだのは……?」

もしや、あの四つの祠。の神様たち、なのか……?

「そうかもね」

と、俺の心を読んだかのように真久部さんが相槌を打ってくる。

「世代交代を仕組んだのは、四つの祠の****様かも」

****、のところは声が潜められて聞こえなかった。俺も聞き返さない。普段、こういう時は必ず俺をからかって思わせぶりに遊びにかかる真久部さんだが、今はとても真剣な顔をしていた。

「きっと、僕ではいくら探しても佐保という人を見つけられなかったと思うんだ。多分、きみだから見つけることが出来たんだろうね、何でも屋さん」

「え、何で俺?」

そこ疑問。真久部さんの妄想買い被り、みたいな感じがするんだけど。

「さあね。──ただ、きみは候補ではあったんだよ。暫定的な」

祠巡りの? それ、今回だけの話じゃなかったのか?

「いや、でも、俺<竜田>でも<佐保>でもないですよ?」

「それは分かってるけど……でも、君ならその名前を持ってなくても大丈夫かもしれないって、僕が竜田さんに推薦したんだ」

「大丈夫、って?」

いつも言われる<大丈夫>。何か不穏な<大丈夫>。それって本当に大丈夫? 違うと思うよ真久部さん。そう思ったけど、真剣な目に気圧されてしまった。

「きみは……強く守られてるから。それに、不快感を感じさせないみたいだしね」

主語の省略された言葉。

誰に守られてるのか。誰に不快感を感じさせないのか。それが分からなくても話が通じるけれども。何だか怖いじゃないですか……?

「そういう意味できみは大丈夫、なんだ。だから、今回たまたま後継者が見つからなかったら、きみに毎年の祠巡りをお願いしてみようと竜田さんと僕の間では方針が決まってた」

「……」

俺は考えてみた。

いや、まあ。仕事をもらえるのは有難いんだけども。今回竜田さんから先払いでもらった報酬はちょっと驚くほどの金額だったから、それもいいかなーなんて思ったりもするんだけど。そのぶん何だか怪しいし不穏だし、うっかり詳しいことを聞いたらそれはそれで抜けられなくなりそうだしなぁ……。

「好かれるとまではいかなくても、嫌われないのは大事だと思うんだ。好かれたならそれはそれで──」

毎年定期的に入る仕事で、決まった収入見込めるのは魅力かな、なんて気持ちは、次の言葉を聞いたら吹っ飛んだ。

「神様に好かれるのは……好かれすぎるのも。うん。うっかりしたら何でも屋さんてば気に入られすぎてあの土地から離れられないみたいなことになったり……」

「やめてください!」

思わず俺は真久部さんを遮った。こちらを上目遣いに見てくるその目には、いつの間にかまたからかうような悪戯っぽい光が戻ってる。

「ごめんごめん。僕が数年かかっても見つけられなかった後継者を、きみがあんまりあっさりと見つけちゃったから。ちょっとした意地悪」

ごめんね、と謝りながらお茶を入れ替えてくれる真久部さん。気分を変えてアラレなんか出してきても、油断なんかしないんだからね!

「もう……。真久部さんが言うと、洒落にならないんですよ」

「だからごめんって」

くすくす笑ってる。

「きみなら絶対そんなことにならないって分かってるから言えるんだよ。君の守りは強い。なんたって、この慈恩堂で店番出来るくらいなんだから」

俺は思わず店内を見回した。

小さい引き出しがいっぱいついた薬箪笥に、転びそうで転ばない絶妙なバランスの壺、木彫りの大黒さん、大きな皮製のトランクケース、亀みたいな形をした硯、それだけ妙に新しい小さな石のお地蔵さん、精緻を極めた細工の施された年代ものの懐中時計……。

あの時計、螺子も巻かないのにたま~に秒針の音が聞こえるんだよな、と遠い目をしつつ、俺は辞去する旨を伝えた。この店で店番出来る云々にはコメントすまい。

「俺はもうそろそろ……」

「そう? せっかくだから夕飯にうな重でもご馳走しようかと思ってたんだけど」

もちろん肝吸いもつけるよ、という店主の言葉にちょいぐらつきつつも、今日はもう風呂入って寝たいと告げた。なんか色々疲れた。

「残念。じゃあまた今度店番頼むね。それと、これ」

真久部さんは今日第三の祠に供えたのと同じ清酒と、きれいな小袋に入った……何だこれ、バスソルト?

「竜田さんから預かってるんだ。今夜はこの酒を飲んで、風呂に入る時は湯船にこれを入れてよく浸かってね」

お浄めだから。そう言ってにっこり笑う。意味ありげだけど、俺はもう深く考えない。こういうことに対して、考えたら負けだって知ってる。分かりましたと答えて受け取り、床に置いたままだった清掃用具の入ったカバンに入れた。うう、また重くなった……。

「それと、これは僕から」

ちょっとだけ憂鬱になっていた俺の目の前に広げられたのは、真新しい二本の手拭い。ふわっとした桜色と若草色を使って桃や桜の花を染めたものと、赤や茶色や黄色を使って紅葉を染めたもの。何でこんな女物みたいな染め手拭い? と首を傾げていると真久部さんが言った。

「佐保姫と竜田姫のご加護がありますように」

春と秋の女神さま。あ、そうか。

「佐保青年と竜田さん……」

ふふふ、と真久部さんが笑う。

「佐保姫も竜田姫も染物や機織りの神様だから……。これ、仕事で使ってくれたらいいよ。今日は本当にお疲れさまでした」

よく分からないけどよく分かるような気がして、ありがたく手拭いを頂いて帰ることにした。

肉体的にも精神的にも疲れ果てた一日だったけど、女神さまのお使い仕事をしたと思えばそれほどでもなかったような気がする。

俺は今回だけで御役御免だけど、来年からたぶん数十年もの長きに渡り祠巡りをすることになるだろう佐保青年よ、頑張れ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み