第190話 寄木細工のオルゴール 28
文字数 2,073文字
「いつのことですか?」
何かは知らないけど、相続に関するものを出入りの骨董屋に託したなんて思い込んでるなら、亡くなる直前くらいのことなのかも。
「もう大分前ですよ。コレを手に入れてから十年になりますが、いろいろ転がしてみて、鳴らし方を模索していたのが二年くらい。先代から転がし方を教えていただいたのがその頃なので、今から八年は前になります」
そんな前かぁ。
「何で今頃思い出したんでしょうね。それに、店主の真久部さんを留守にさせたら、店が閉まってると思わなかったのかな……」
そこがちょっと謎だ。
「まあ……ここ数年は引き受けてくれる人もいなくて、閉めておかざるを得なかったんですが、僕が店を空けるときはいつも、できるだけ人を頼んで番をしてもらってましたから」
今は何でも屋さんが店番を引き受けてくれるので、本当に助かっています、と真久部さんが殊勝に頭を下げる。いや、ちゃんとお仕事代頂いてるんだから、それはやめてくださいよ。
「お菓子とか、昼のお弁当とか、いつも気を遣っていただいてこちらこそ申しわけないです! ──でも、そうか……店主の不在イコール閉店にならないってことは、知っていたんですね」
よかった……まさか空き巣でもするつもりだったのかと思ったよ。失礼なこと考えてすみません、清美さん。
「──うちの店の形態について、先代から聞いてたかもしれませんが……どうでしょうね。あの人、わりに短絡的だから。おっかけ資金欲しさに父親の持ち物に手を出すくらいには」
手段を選ばないところもあるようですし、と表情を抑えた無表情を顔に浮かべてる。──この感じ、先代から何か愚痴でも聞かされてるのかもしれないな。俺の想像が失礼でもなかったかもしれない可能性再浮上。嫌だなぁ……。
「それならせめて、真久部さんに聞いてみるくらいすれば良かったのに。一応売り物でしょ、コレ。それに、ずっと店にあるみたいだけど、もしかしたらもう売れて無くなってたかもしれないじゃないですか」
あの人には頼まれたって売りたくないです、と真久部さんが頑固親爺みたいなことを言う。珍しい……と思ったけど、理由を聞いて納得した。
「清美さん、僕の前の持ち主と同じタイプじゃないですか」
「ああ……」
箱より中身が気になるタイプ。
「それに、まがりなりにもお世話になった人の娘さんです。不運で不幸な運命に落ちるのを助けたりしたくないですよ。“水死”でもされたら、僕だって寝覚めが悪い」
「……」
“水死”とはかぎらないのかもしれないけど、そういう方向に行きそうな人ではあるのかも……って、本人今日聞いちゃったみたいだけどね、運命を告げる“声”。
「それに、頼まれたって僕がコレを売らないってこと、清美さんはわかってるはずです」
理由を聞いてみると、その八年前の出来事に遡るらしい。
「先代と談笑しながらオルゴールの鳴らし方を教わっていると、彼女がコーヒーを淹れてきてくれたんです。最近自分がハマってる、一押しの豆だということでしたが、先代はコーヒーはあまりお好きじゃなくてね……」
それでも、これは自分のおすすめで、絶対美味しいから! とごり押ししてきたそうだ。
「まあ、実際いい豆でしたよ。淹れ方も上手だったし。ただ、自分がいいと思うものは、みんなもいいと思うはず! というのが……。僕はいいんですが、自分の好みよりお父さんの好みを優先してあげてほしかったですよ」
溜息を吐く。
「ここはもういいから、お前はもう帰りなさい、と先代はおっしゃってましたが、話はまだ終わってないから、とかなんとか言いながら居座って。──実はその日、僕が約束の時間にお邪魔したとき、ちょっとした親娘ゲンカというか、言い争いをしてたので、それのことだったんでしょうけど……」
真久部さんははっきり言わないけど、お金の無心に来ていたみたいな感じかな、となんとなく思った。
「気まずかったですが、僕が帰るとまた争いが勃発しそうだったし、先代もそれは避けたそうだったので、二人のあいだの不穏な雰囲気に気づかぬふりで、そのまま続けて先代と骨董話をしてたんです」
教わった通りにコレを転がしながら、と組木細工の表面を軽く撫でる。
「すると、清美さんがようやく気づいたのか、それはむかし家にあったものじゃないのか、と先代に聞いたので、その通りだと。今は彼の店にあるというから、懐かしくて見せてもらってるんだと、そんなふうに言ってくださって。それなのに……」
──そんな気味の悪いもの、持ち込まないでよ。まさか、父に売り込むつもり?
──違うよ。私ももうコレを所有したいと思わない。
──わからないわ。お父様ったらガラクタばかり集めて。そんなもの買うくらいなら、もう少しうちの人の会社に……。
──私のお金をどう使おうと、お前に文句を言われる筋合いは無い!
「……気まずいですね」
「居た堪れなかったですよ」
それまで楽しかったのに、と遠い日を思い出す真久部さん。
「ヒートアップしてきたので、さすがにお暇しようかと仕舞いかけたら、昔は家のものだったんだから返せと言われて奪われれそうになって」
何かは知らないけど、相続に関するものを出入りの骨董屋に託したなんて思い込んでるなら、亡くなる直前くらいのことなのかも。
「もう大分前ですよ。コレを手に入れてから十年になりますが、いろいろ転がしてみて、鳴らし方を模索していたのが二年くらい。先代から転がし方を教えていただいたのがその頃なので、今から八年は前になります」
そんな前かぁ。
「何で今頃思い出したんでしょうね。それに、店主の真久部さんを留守にさせたら、店が閉まってると思わなかったのかな……」
そこがちょっと謎だ。
「まあ……ここ数年は引き受けてくれる人もいなくて、閉めておかざるを得なかったんですが、僕が店を空けるときはいつも、できるだけ人を頼んで番をしてもらってましたから」
今は何でも屋さんが店番を引き受けてくれるので、本当に助かっています、と真久部さんが殊勝に頭を下げる。いや、ちゃんとお仕事代頂いてるんだから、それはやめてくださいよ。
「お菓子とか、昼のお弁当とか、いつも気を遣っていただいてこちらこそ申しわけないです! ──でも、そうか……店主の不在イコール閉店にならないってことは、知っていたんですね」
よかった……まさか空き巣でもするつもりだったのかと思ったよ。失礼なこと考えてすみません、清美さん。
「──うちの店の形態について、先代から聞いてたかもしれませんが……どうでしょうね。あの人、わりに短絡的だから。おっかけ資金欲しさに父親の持ち物に手を出すくらいには」
手段を選ばないところもあるようですし、と表情を抑えた無表情を顔に浮かべてる。──この感じ、先代から何か愚痴でも聞かされてるのかもしれないな。俺の想像が失礼でもなかったかもしれない可能性再浮上。嫌だなぁ……。
「それならせめて、真久部さんに聞いてみるくらいすれば良かったのに。一応売り物でしょ、コレ。それに、ずっと店にあるみたいだけど、もしかしたらもう売れて無くなってたかもしれないじゃないですか」
あの人には頼まれたって売りたくないです、と真久部さんが頑固親爺みたいなことを言う。珍しい……と思ったけど、理由を聞いて納得した。
「清美さん、僕の前の持ち主と同じタイプじゃないですか」
「ああ……」
箱より中身が気になるタイプ。
「それに、まがりなりにもお世話になった人の娘さんです。不運で不幸な運命に落ちるのを助けたりしたくないですよ。“水死”でもされたら、僕だって寝覚めが悪い」
「……」
“水死”とはかぎらないのかもしれないけど、そういう方向に行きそうな人ではあるのかも……って、本人今日聞いちゃったみたいだけどね、運命を告げる“声”。
「それに、頼まれたって僕がコレを売らないってこと、清美さんはわかってるはずです」
理由を聞いてみると、その八年前の出来事に遡るらしい。
「先代と談笑しながらオルゴールの鳴らし方を教わっていると、彼女がコーヒーを淹れてきてくれたんです。最近自分がハマってる、一押しの豆だということでしたが、先代はコーヒーはあまりお好きじゃなくてね……」
それでも、これは自分のおすすめで、絶対美味しいから! とごり押ししてきたそうだ。
「まあ、実際いい豆でしたよ。淹れ方も上手だったし。ただ、自分がいいと思うものは、みんなもいいと思うはず! というのが……。僕はいいんですが、自分の好みよりお父さんの好みを優先してあげてほしかったですよ」
溜息を吐く。
「ここはもういいから、お前はもう帰りなさい、と先代はおっしゃってましたが、話はまだ終わってないから、とかなんとか言いながら居座って。──実はその日、僕が約束の時間にお邪魔したとき、ちょっとした親娘ゲンカというか、言い争いをしてたので、それのことだったんでしょうけど……」
真久部さんははっきり言わないけど、お金の無心に来ていたみたいな感じかな、となんとなく思った。
「気まずかったですが、僕が帰るとまた争いが勃発しそうだったし、先代もそれは避けたそうだったので、二人のあいだの不穏な雰囲気に気づかぬふりで、そのまま続けて先代と骨董話をしてたんです」
教わった通りにコレを転がしながら、と組木細工の表面を軽く撫でる。
「すると、清美さんがようやく気づいたのか、それはむかし家にあったものじゃないのか、と先代に聞いたので、その通りだと。今は彼の店にあるというから、懐かしくて見せてもらってるんだと、そんなふうに言ってくださって。それなのに……」
──そんな気味の悪いもの、持ち込まないでよ。まさか、父に売り込むつもり?
──違うよ。私ももうコレを所有したいと思わない。
──わからないわ。お父様ったらガラクタばかり集めて。そんなもの買うくらいなら、もう少しうちの人の会社に……。
──私のお金をどう使おうと、お前に文句を言われる筋合いは無い!
「……気まずいですね」
「居た堪れなかったですよ」
それまで楽しかったのに、と遠い日を思い出す真久部さん。
「ヒートアップしてきたので、さすがにお暇しようかと仕舞いかけたら、昔は家のものだったんだから返せと言われて奪われれそうになって」