第222話 竈と猫 9 想像力って恐ろしい

文字数 1,995文字

「ああ……気になりますよね、招き猫」

ちらっと店の招き猫エリアに目をやる。わざとらしくうなずきながら、面白げにこっちを見てくるけど、俺は知らないふりでお茶を堪能しておいた。──小判を光らせてるやつや、その隣で掛軸の鯰を狙ってる、魚を抱えた新入りになんて、興味ないんだからね!

「招き猫が、というか──」

俺はちゃぶ台コタツの上に、ことっと茶碗を戻した。

「真久部さんがわざわざ、わざわざですよ? 出張販売したものなんだから、気にもなりますよ」

それに、今はもう店に無いものだし。仮に怖い話になってもダメージ少なくて済むと思う……。この話、せっかくハッピーエンドのはずなのに、結局あれはどうなったんだろう……? なんて疑問が残ってると、後で思い出したとき釈然としなくて、いろいろと怖い想像をしてしまいそうなんだ。

慈恩堂の仕事をするようになってから編み出した『見ない見えない聞こえない。全ては気のせい気の迷い』の心得は、努めて意識してないと、なんというか──、保てない。ここ(慈恩堂)に来る時や、関連の仕事をするときは、だから気合を入れて心得のスイッチをONにしてる。

そうでないときはそんな必要もないし、まず意識することもないんだけども……想像力っていうのはさ。うっかりしてるとそんなの関係なしに感情を支配してこようとするから。たとえば、金縛りに遭ってるときとか。

身体が寝てるのに意識だけ覚醒してるとか、そんな理屈は吹っ飛んで、ものすごく怖い。意味もなく怖い。必ずしも怖い夢を見てるわけじゃないんだ、なのにそのまま眠ってしまうと、底なし沼みたいな真っ暗などこかへ引き摺り込まれてしまいそうで、それが怖くてたまらない。気のせいとか気の迷いとか、自分を宥める余裕は毛一筋ほどもない。

ただただ目を覚まさなきゃと焦るのに、脳味噌の真ん中が痺れて崩れ、そこから闇に吸い込まれていきそうになる。あの圧倒的にして絶望的な眠気──まさに“睡魔”。

その“睡魔”に形は無いんだけど、想像力がそれを与えてしまう。寝る前に観た怖いドラマとか、無意識に引っ掛かってた心配事とか……。

真久部さんが気をつけてくれているらしいから、何かの“障り”としての悪夢は見たことない。たぶん。でも自分の想像力が、どうってことのないものを恐ろしいものにして、自分自身を攻撃し、パニックに陥れる……。

いや、このあいだ、顧客様に頼まれて、とある映画のDVDを一緒に観たんだよ。なんでコレを独りで見られないんだろう? と不思議に思いながら迎えたクライマックス、途中で美しく死んだはずのサブヒロインがおぞましく復活。何となく見過ごしてたアレもコレもこの恐怖の伏線だったのか! と理解した瞬間、背筋が凍ったよ……。一気に鳥肌が立った。ラスト、何とか解決がついてようやくホッとしたのに、最後の最後に実はまだ事件は終わってないのでは? と匂わせる短いショットが入り、嫌な想像力を煽るだけ煽って終わりという、鬼畜のようなエンディング──。

顧客様は、その映画の評判を知っていたらしい。確かに、鑑賞後独りでいるのが怖くなる映画だった。昼間の暖かい室内で、二人で震えた。お互い無言だった。彼は一度観て耐性をつけて、二度めは普段あまり甘えてくれない彼女と観る計画にしてたらしいけど……止めておいたほうがいいですよ、と俺は言葉少なに助言して去った。

その晩、俺は金縛りに遭った。んで、うっかり想像したもっと嫌なラストシーンに引っ張り込まれた。そっち行きたくないっていうのに、嫌だ嫌だと思えば思うほどその嫌な場面に立ち会わされた。魘されてるとこを居候の三毛猫が起こしてくれなかったら、俺夜中に心臓麻痺で死んでたかもしれないって、今でも思うくらいだ。そう、想像力って恐ろしいもんなんだよ。

富貴亭オーナーに取り憑いた(?)竈猫入り招き猫がどうなったのか聞いておかないと、今夜の夢にすごく気軽、かつおどろおどろしく登場してくれそうなんだ、俺自身の想像力によって。

「大丈夫ですよ、何でも屋さん」

新しくお茶を淹れてくれながら、真久部さんが言う。

「今は彼らも満足していますから」

「いや、それはそうなんでしょうけど……」

もしかして、オーナーはいまだに招き猫を抱っこしてるのかな……? 他にも店を持っているというから、俺のイメージではビシッと三つ揃いの似合うやり手の実業家なんだけど、そういう人がいつも小脇に招き猫を抱えてたら……シュールだ……。

「竈猫の精霊はかまどの近くから離れることができなかったんだけれど、同じ猫である招き猫の体を得てからはいくぶん自由になって、大好きなかまどのためにオーナーを見張ったり、凄んでみたり、頑張ってましたよ」

凄む……?

「あのとき、僕がその招き猫を抱っこしたままでいるようにとオーナーに言ったのは、離したら、その瞬間に竈猫の精霊がオーナーの首筋に噛み付いていたからです」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み