第323話 芒の神様 2
文字数 2,153文字
「僕が最初に予約してたのは普通の部屋だったんだけど、あの仕事、何でも屋さんが見事成し遂げてみせてくれたものだから、あちらが大喜びで」
「え? 成し遂げたっていっても、あれ……」
今回請けた仕事は、この人からの紹介だった。遠方で、泊りがけ。新幹線に特急、バス乗ったりして、遠かったよ。始発と終電で無理したらぎりぎり帰れなくもなかったけど、それじゃあ身体がキツいし、「たまには旅行気分もいいでしょう? 経費で落としますよ」と怪しくない笑みで誘ってくれたから、ご厚意に甘えることにしたんだ。
これまでにもいろいろあったから、実は真久部さん紹介の仕事っていうのには若干及び腰だったりする。だけど、今回はご本人も一緒に来て立ち会うっていうし。それに、何だかんだ言っても、俺、結局この人のこと信用してるんだよな……提示された報酬が破格で、魅力的だったのもある。
で、わざわざ俺みたいな何でも屋を呼ぶなんて、どんな仕事なんだろう、とちょっとだけ慄いてたら、ホテルの敷地内に転がってた石を、屋上に設えられた台座まで運ぶだけっていう、超簡単な作業だったんだ。拍子抜けしたよ。台車あったし、エレベーターも使えたし。
「何も俺でなくても、っていうか、わざわざ遠方から人を呼んでやらせるようなことでもなかったんじゃないですか?」
「まあねぇ、あちらも、そもそもの最初はそこまで思ってなかったでしょうね」
「いやあ、普通はそうでしょう」
だって石を運ぶだけだよ? ブロック二つぶんくらいの大きさの。
「あの石、誰も持ち上げることができなかったんだよ」
「え?」
見た目より、ずっと軽かったよあの石。
「何でも屋さんには、軽かったんでしょう?」
素直に頷くと、真久部さんはいつもの胡散臭い笑みを見せた。
「ホテルスタッフの中には、元重量挙げの選手もいたらしいんだけど、それでも持ち上げられなかったと聞いてるよ。実はね、僕も一応試してみたけど、やっぱり重くて無理でした」
ちなみに、重機を使っても動かせず、重機のほうが横転したんだって、と言われて、俺は沈黙した。
「元は建て替え前の古い旅館の庭にあったものらしい。工事の邪魔だから取り除こうとしても、どうしても動かせなかったというよ。仕方なくそのまま今のホテルの敷地の隅に放置してたらしいけど、何か障 り があったとかでね。屋上に祠を作って祀るようにとアドバイスされたのはいいけど、誰にも持ち上げられなくて、困ってたんだって」
先月この近くであった骨董市で、知り合いの同業者から愚痴をこぼされたんだよ、と真久部さんは溜息を吐く。
「それがまた、けっこう切羽詰まった愚痴でねぇ。何でも、彼はオーナーの一族らしいんだけど……気が済むならと話だけ聞いてたら、どう思う? とぐいぐい画像まで見せられて。あの石、不思議な感じはしたけれど、僕にはそう悪いものとも思えなかった。だから、何か方法は無いかと頭を捻ってみたんだけど、まあ、そ う い う 時 はやっぱり何でも屋さんかな、と思ったんだよ。きみは護りも強いし」
ね? とにっこり笑う顔がちょっと怪しいから、最後の言葉は聞こえないふりをした。そういう時って、どういう時? とか思うけど、反応するのやめとこ。うん。
「でも、遠いから、どうかなぁ? と思案してたら、あちら、何か感づいたのか、『石を移動させてくれたら、もう何でもする、幾らお金を払ってもいい』とまで真顔で言うんですよ。それなら試しに紹介してみるのもいいかな、って。遠いなら旅行代わりにすればいいかと思ったしね」
実際に見てみて、やっぱり危ないかな、と思ったら、止めればいいかと思ったんです、と続ける。
「それは……ありがとうございます」
この人の、こういうところ。怖い話して、俺を怖がらせて喜んだりする趣味の悪い人だけど、何か変わった仕事をさせるときには、そのせいでお か し な こ と にならないよう、いつもきちんと気を配ってくれている。そういうとこが、憎めないんだよなぁ。
「引き受けてくれて良かったですよ。僕の思った通りに何でも屋さんは石を運べたし、あちらは大喜びだし。ひょい、と持ち上げて、台車に乗せて押していく何でも屋さんの姿を二階の窓から見守りながら、支配人なんか泣いてました」
「そ、そうなんですか……?」
ゴロゴロと台車を押してホテル内に入って、フロア、廊下、エレベーターから屋上に至るまで誰にも会わなかったから、そんなこと全然知らなかったよ。
「具体的には聞かなかったけれど、障 り があってから、関係者は皆、かなり大変な思いをしたらしくてね。本当は作業に立ち会って、しっかり見届けたかったようなんだけど──、僕はなんとなく、何でも屋さん一人のほうがいいような気がしたので、離れてもらったんです。屋上までのルートも人払いしてもらって、石 の ご 機 嫌 を損ねないようにして」
「……」
にっこり笑ってツッコミ待ちの真久部さん。その手には乗らないんだからね!
「屋上の台座に乗せた後は、どうするんですか?」
気づかぬふりでたずねると、ちょっと残念そうな顔をしてみせてから、簡単に教えてくれた。
「あれは祠の台座になります。上物は既に造ってあって、あとは被せて嵌めこむだけになっているとか。近くの有名神社から神職の方に来ていただいて、きちんとお祀りするそうですよ」
「え? 成し遂げたっていっても、あれ……」
今回請けた仕事は、この人からの紹介だった。遠方で、泊りがけ。新幹線に特急、バス乗ったりして、遠かったよ。始発と終電で無理したらぎりぎり帰れなくもなかったけど、それじゃあ身体がキツいし、「たまには旅行気分もいいでしょう? 経費で落としますよ」と怪しくない笑みで誘ってくれたから、ご厚意に甘えることにしたんだ。
これまでにもいろいろあったから、実は真久部さん紹介の仕事っていうのには若干及び腰だったりする。だけど、今回はご本人も一緒に来て立ち会うっていうし。それに、何だかんだ言っても、俺、結局この人のこと信用してるんだよな……提示された報酬が破格で、魅力的だったのもある。
で、わざわざ俺みたいな何でも屋を呼ぶなんて、どんな仕事なんだろう、とちょっとだけ慄いてたら、ホテルの敷地内に転がってた石を、屋上に設えられた台座まで運ぶだけっていう、超簡単な作業だったんだ。拍子抜けしたよ。台車あったし、エレベーターも使えたし。
「何も俺でなくても、っていうか、わざわざ遠方から人を呼んでやらせるようなことでもなかったんじゃないですか?」
「まあねぇ、あちらも、そもそもの最初はそこまで思ってなかったでしょうね」
「いやあ、普通はそうでしょう」
だって石を運ぶだけだよ? ブロック二つぶんくらいの大きさの。
「あの石、誰も持ち上げることができなかったんだよ」
「え?」
見た目より、ずっと軽かったよあの石。
「何でも屋さんには、軽かったんでしょう?」
素直に頷くと、真久部さんはいつもの胡散臭い笑みを見せた。
「ホテルスタッフの中には、元重量挙げの選手もいたらしいんだけど、それでも持ち上げられなかったと聞いてるよ。実はね、僕も一応試してみたけど、やっぱり重くて無理でした」
ちなみに、重機を使っても動かせず、重機のほうが横転したんだって、と言われて、俺は沈黙した。
「元は建て替え前の古い旅館の庭にあったものらしい。工事の邪魔だから取り除こうとしても、どうしても動かせなかったというよ。仕方なくそのまま今のホテルの敷地の隅に放置してたらしいけど、何か
先月この近くであった骨董市で、知り合いの同業者から愚痴をこぼされたんだよ、と真久部さんは溜息を吐く。
「それがまた、けっこう切羽詰まった愚痴でねぇ。何でも、彼はオーナーの一族らしいんだけど……気が済むならと話だけ聞いてたら、どう思う? とぐいぐい画像まで見せられて。あの石、不思議な感じはしたけれど、僕にはそう悪いものとも思えなかった。だから、何か方法は無いかと頭を捻ってみたんだけど、まあ、
ね? とにっこり笑う顔がちょっと怪しいから、最後の言葉は聞こえないふりをした。そういう時って、どういう時? とか思うけど、反応するのやめとこ。うん。
「でも、遠いから、どうかなぁ? と思案してたら、あちら、何か感づいたのか、『石を移動させてくれたら、もう何でもする、幾らお金を払ってもいい』とまで真顔で言うんですよ。それなら試しに紹介してみるのもいいかな、って。遠いなら旅行代わりにすればいいかと思ったしね」
実際に見てみて、やっぱり危ないかな、と思ったら、止めればいいかと思ったんです、と続ける。
「それは……ありがとうございます」
この人の、こういうところ。怖い話して、俺を怖がらせて喜んだりする趣味の悪い人だけど、何か変わった仕事をさせるときには、そのせいで
「引き受けてくれて良かったですよ。僕の思った通りに何でも屋さんは石を運べたし、あちらは大喜びだし。ひょい、と持ち上げて、台車に乗せて押していく何でも屋さんの姿を二階の窓から見守りながら、支配人なんか泣いてました」
「そ、そうなんですか……?」
ゴロゴロと台車を押してホテル内に入って、フロア、廊下、エレベーターから屋上に至るまで誰にも会わなかったから、そんなこと全然知らなかったよ。
「具体的には聞かなかったけれど、
「……」
にっこり笑ってツッコミ待ちの真久部さん。その手には乗らないんだからね!
「屋上の台座に乗せた後は、どうするんですか?」
気づかぬふりでたずねると、ちょっと残念そうな顔をしてみせてから、簡単に教えてくれた。
「あれは祠の台座になります。上物は既に造ってあって、あとは被せて嵌めこむだけになっているとか。近くの有名神社から神職の方に来ていただいて、きちんとお祀りするそうですよ」