第135話   鳴神月の護り刀 4

文字数 1,782文字

「そっちはクリアしても、軽犯罪法違反とされることはあるからな。怪しいと思えば、警察はいくらでも理由をつけられる。悪用するやつが悪いとはいえ、窮屈な世の中になったもんだよ」

子供のうちから何でもかんでも危ないって取り上げられて、怪我する痛みを知らないから、簡単に他人に刃物を向けるんだろうよ、と爺さんは言う。

「肥後守でも彫刻刀でも、一回でも痛い思いをしていたら、憎みも恨みもしないアカの他人を、刺してやろうなんて思わないさ」

「そうですね……」

促されて手に取った、少しだけ冷めて飲み頃になったコーヒーが、胃袋とはまた違うどっかに沁みる……。疲れてるのかな。昨日、真久部さんに背中をパシッとやられるまでの疲れとは、また違う感じ。

疑われるのって、しんどいな。警察官だった弟も、ああいうのやってたのかなぁ……。やってたんだろうな、仕事だし。警察は疑うのが仕事だって理解はしてるんだけど……、実際そういう目に遭ってみると、気持ちが、なかなか。

「まあ、猫が恩返ししたんだと思っておけばいいじゃないか」

「恩返し……」

そうなのかなぁ? 麒麟の肥後守をポーチに仕舞ったのは、猫が逃げて行ってしまってからだったと記憶してるんだけど──、でも、あれってそもそも慈恩堂の古道具だしなぁ……。

……
……

あまり深く考えないでおこ。慈恩堂がらみのことは、見ない見えない聞こえない、全ては気のせい気の迷い。そういうことにしておこう。──新規客に頼まれた刀剣探しは、気づかないで大変なことになりかけてたみたいだけど、慈恩堂のことは、気づかないならそのほうがいい、はず。多分。

怪しい笑みを浮かべた真久部さんがを頭をよぎる。その彼が頷いているように思えたので、麒麟の肥後守については忘れることにした。

「──今日は何して遊びましょうか?」

気持ちを切り替え、そんなふうに声を掛けてみる。爺さんはニヤリと笑った。

「今日は初っ端から笑わせてもらったからなあ」

「またそういう憎まれ口を……まあ、ウケたんならいいですよ、もう」

カカカ、と笑いながら、爺さんは将棋盤を出してきた。

「傷心の何でも屋さんを、接待してやろう。先手を取らせてやるよ」

「神埼さんは後手のほうが得意じゃないですか」

「じゃあ、一丁半にするか?」

「……香落ちくらいでいいです」

俺、ヘボだけど、飛香落ちのハンデもらうほどじゃない。神埼の爺さんとは、辛うじて全部駒の揃った平手で戦える……勝率は三勝七敗くらいだけど。でも今日は、お言葉に甘えて香落ちでやらせてもらうか。

爺さんの左手元、香車の欠けた盤を見ながら、爺さんが最初の一手をどう指して来るのか見守った。








勝てると思ってなかったのに、勝ってしまった。

何で勝てたのか、自分でも分からない。香落ちのハンデあっても爺さん優勢だったのにな。なんかぼーっと指してるうちに勝ってしまった。その後平手に戻してもう一戦やったけど、不思議なことにまた勝った。いつもならだいたい負けるとこなのに。

「まあ、何でも屋さんだからな」なんて言いつつ、爺さんは今日は接待だからと余裕を見せていた。──ちょっとこめかみがヒクヒクしてたけど、それは見なかったことにする。

リクエストの包丁研ぎをして、「次は覚えてろよ」なんて物騒な言葉を半笑いで受けつつ、神埼の家を辞す。ツンデレな爺さんが、近頃評判のパン屋で買ったというカレーパンを持たせてくれたので、今日はありがたくこれで昼飯にさせてもらおう、とか思いながら歩いて……バス通りを横切ろうとしたら、ちょうど駅前行きのバスが来たところだった。待っていた数人が乗り込みはじめる。

一瞬考えたけど、俺も乗ることにした。

ちょっとだけバスに揺られ、到着した駅前広場を横切って、ガード下をくぐればそこは駅裏通り。少し行くと目立たない半地下階段があって、そこを降りるときれいに磨かれた慈恩堂の入り口ドアと、<開店中>の看板が出迎えてくれる。

昨日の今日で来たくはなかったけど、麒麟の肥後守について、真久部さんに話しておかなくちゃいけないと思ったんだ。

「こんにちは!」

「いらっしゃい」

細々とした群像のような骨董古道具ごし、帳場に座る真久部さんの笑顔は今日も胡散臭かった。
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