第21話 引越しのお手伝い
文字数 1,134文字
1月18日
今日は午前中、引越しの手伝いに行った。……ほんの一週間前、越して来るのを手伝ったところなのになぁ。
越して来た時は、元気いっぱい夢いっぱい若いっていいねぇ、だった新婚ほやほやの夫婦の顔が、今日は二人とも青白く引き攣ってる。言葉も少ない。別に離婚とかするわけではないみたいだし、一体どうしたんだろ?
わけを聞いてみたけど、顔色がさらに悪くなるだけで、二人とも何も答えてはくれなかった。
特に頼まれて、二階からまだ梱包をほどいてもいなかった荷物を降ろしてきた時、「あの……上で、何も感じませんでしたか?」と旦那さんの方に訊ねられた。
何のことだか分からなくて、「二階がどうかしたんですか?」とと聞いてみたんだけど……、「いや、何でもないです……」と目を逸らされて終わりだった。
ほんと、一体何があったんだろ? 慌しく引越し荷物を積み込んだ小型トラック(奥さんの友達に借りたらしい)を見送りながら、俺は首を捻っていた。
1月19日
昼間、頼まれた買い物をしに行く途中で、慈恩堂の真久部さんに会った。なんか、近所のお寺に用があったらしい。
「昨日、あの家の引越しを手伝ったんだって?」
若夫婦がたった一週間で引っ越していった例の一軒屋を指差し、彼は訊ねてくる。ああ、そういえば、この辺りは慈恩堂とスーパーへ行く道の真ん中あたりだったな。
聞かれたことに頷くと、真久部さんは溜息をついた。
「あの家はねぇ……人が居つかないよって、大家にも言ってあるんだけどねぇ……」
俺が首を捻ってると、彼は笑った。
「ま、きみなら普通に住めると思うけど。どうする? もしあの家に住むつもりがあるなら、大家に口聞いてあげるけど?」
きみなら普通に、ってどういう意味だよ。
今のところが気に入ってるから、引っ越すつもりはないと断った。夏暑く、冬は極寒のコンクリート打ちっぱなしの狭いボロビルだけど、男が独りで暮らすんだったらあれで充分だ。最近、部屋の隅に畳を設置(あれを敷くとは言えない)してからはコタツも置けるようになって、それなりに快適だし。
「あはは。そう言うと思ったよ」
なら、聞くな。そう思ったけど、黙ってた。だって、一応お得様だし。
「今度、また留守番頼むよ」
そう言うと、真久部さんは手を振って店の方に歩いて行った。その背中をぼうっと見送っていると、急に振り返る。
「そうそう。もうあの家には近寄らない方がいいよ。きみ、好かれやすいからね」
何に? なぁ、何に好かれるっていうんだ?
……聞かない方がいいんだろうな。本能がそう訴える。遠ざかる慈恩堂店主の背中を見ていたら、急に寒気がして、くしゃみが出た。