第328話 芒の神様 7

文字数 2,197文字

「……かみさま、ですか?」

いきなり大物? っていうか、真久部さん、あのとき何が起こったのかだけじゃなく、()()()()あんなことになったのか、何が自分を惑わせたのか、全部わかってるみたい。

「ええ、神様です。だからこそ(タチ)が悪いというか、困るというか──」

本当に困った顔をしてる。珍しい。

「ってことは、その……神隠しに遭うとこだった、とか?」

俺の脳内修羅場が、現実になるとこだったってこと? そんな馬鹿な、と思いつつもたずねてみると、真久部さんは曖昧にうなずくようだった。

「それに似た感じかな……あちらには、そういう気持ちは無いとは思うんですが……いや、どうかな? 僕にはわからない……、たぶん向こうもわかってないんじゃないかな──」

途中から呟くように自問自答をしながら、とても遠い目をしている。未だ答の出ない問題に手を付けかねて、ただそこに立ち尽くすしかないような、諦めにも似た瞳。

「よくわかりませんけど、見ててほしいとか、声を掛けてほしいっていうのは、そういう心配があったから、なんですね」

薄の原に入っていく前、この人は言ったんだ、何か変だと思ったら声を掛けてほしいって。

「ええ」

短く答える。

「下手をすると連れて行かれるから、歩くときは同行の人に必ず声を掛けてもらえと、伯父が」

「……」

真久部さんの叔父さんか……。この人も胡散臭いとこがあるけど、伯父さんはそれよりも数段胡散臭いというか、怪しいというか。

「お話の感じだと、真久部さん以外の人にはそういう危険というか、心配はなさそうなんですが」

「引っ張られることは、ないでしょうね」

無礼を働かなければ、と呟くようにつけ加える。いつものそういうのは、俺を怖がらせて反応を愉しむためのレトリックだったりするんだけど、今日のこの人にはそんな言葉遊びを楽しむ余裕はなさそうだ。

「それなら単純に、あの場所に真久部さん、行かなければいいじゃないですか」

だから、俺も普通に受けて、もっとも簡単な対処法を提案したんだけど、そういうわけにはいかないのだと首を振る。

「年に一度は、必ず行かないといけないんです。それが僕の義務だから」

「義務?」

「約束したわけではないけど、そうしなきゃいけないと思ってるんだよ」

ふう、とひとつ息を吐いて、真久部さんは言った。

「僕、子供の頃可愛かったんですよね」

唐突に話が変わって目を白黒させてる俺に、昔話を聞いてもらえますか、と口元だけに笑みを作ってみせた。





僕、子供の頃は女の子みたいに可愛かったんです。
幼稚園の頃の写真なんか見ると、まるでお人形のようですよ。今では想像できないでしょうが。

だけどごく普通の子供で、ごく普通にその年頃の子供らしい遊びをしていました。住んでいたのはあの茅場(かやば)の麓──というにはちょっと遠いですが、同じ地方の小さな街で、近所の子たちと、毎日どろんこになって走り回ってました。公園の遊具から飛び降りて怪我をしたり、大勢で無意味に地面に穴を掘って大人に怒られたり。見かけによらないって溜息を吐かれたこともあったけれど、子供にそんなこと言ってもね。

逆上がりが出来なくて、笑われて、他の出来ない子といっしょに鉄棒特訓したこともありましたっけ。まあ、とにかくどこにでもいるような、ごく普通の子供だったわけです。

その日は、道路のアスファルトに、みんなでチョークで線路を描いて遊んでいました。道路といっても車の来ない袋小路で、三方は高い塀と駐車場のフェンスと空き地になっていて、近隣では準公園のような扱いでした。だから近所の子供たちがそこで遊んでいても、大人に叱られることはなかったんです。

袋小路の奥から出口に向かって、車の通れる道路まで、細くて長い線路を一所懸命描いていたことを覚えています。チョークの足りないところは道脇に生えていた雑草の茎を使ったりして、みんな子供なりに工夫して真剣でした。

袋小路の出口まであと少し、というところでチョークが無くなり、茎の使えそうな草も足りなくなって、僕は何か使えそうなものはないかと向こうの道路に踏み出しました。ちょうど僕一人きりになって……、気がついたら、知らない車の中でした。

端的に言うと、攫われたんですね。このあたり、記憶も曖昧です……ただ、怖かったことだけ覚えています。逃げたかったけれど、どうしていいのかわからなかった。

茫然としているうちに、車は山のほうに向かっていた。しばらくすると親戚の家の屋根が遠くに見えて、僕はそれが自分の知っている道だと気づきました。隣の大きな街へ続く近道だけど、細くて、対向車があれば、どちらかが道の端ぎりぎりで待たないと、通れないような道です。

向かいから軽トラックが来て、僕を攫った男は舌打ちをした。こちらが少しバックしないと、とうてい対向できない。父はいつもその手前で対向車を待っていたので、僕は知っていた。男は相手に道を譲らせようと考えたのか、軽トラックと睨み合いになった。そうしているうちに、こちら側にも後続車が現れた。男の車は前後を挟まれ、動けなくなったんです。

僕は咄嗟にドアを開けた。掛けられたシートベルトを抜けて、外に飛び出した。男は慌てていました。

後から思えば、軽トラか後続車のドライバーに助けを求めれば良かった。だけど、僕はとにかく男が怖くて、怖くて……道の端に迫る薄の中に逃げ込みました。丈高い薄が、僕を隠してくれると思ったんです。
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