第337話 芒の神様 16

文字数 2,687文字

あの子には、どうすることもできないと。雨が降るように、風が吹くように、当たり前のように病は湧き漂い、風が熄むように、雨が止むように、いつしか治まる。そういうものなのだと、あの子は言いました。

   いにしえよりの 
   力ある御方々なら違うかもしれぬ
   だが 我は小さな神

   もう 村に帰ることも出来ぬであろう
   哀れな子供を 茅の中に
   かくまってやることしか出来なかった

   泣く子供を宥めようと
   我が姿を現すと
   子供はよけい激しく泣いた
   我の白い髪 赤い目
   怖がっていたよ 化け物を見たように

   村にいた頃と同じ
   人であった頃と同じ

   少しは我にも期待があったのだ
   追い立てられ 放り出された子供なら
   我と遊んでくれるのではないかと
   
   葉の船も お手玉も
   子供は見向きもしなかった
   ただ泣いている
   泣き疲れて

   眠ってしまった子供

   我はどうすればいいのかわからなかった
   古主様にお聞きしたかったが
   そう気安くお会いできるものではない

   翌朝 目覚めた子供の前に
   我は姿を見せなかった
   怖がられるのは 辛いものだ

   いっしょに遊びたかったのだがなぁ

   我は子供を返すことにした
   人身御供の子供を返すには どうすればいいか考えた
   一所懸命考えた
   
   益があればいいのだ 送り出した側に
   そうすれば 子供は再び追い立てられはすまい

   我は朝露を集めた
   我に力はないが 人里離れた野山の草木に下りる露には
   天地(あめつち)の神々の 御力の片鱗が宿るという
   
   我の薄の葉を 折り結び折り結びして
   作った水筒に 集めた朝露を入れて
   子供に持たせた

   我のことは忘れさせた
   
   ゆめうつつのまま 
   子供は歩いて一番近い里に帰った
   我の教えたとおり 子供は
   村で一番大きな水瓶を持つ家に行き
   水筒の朝露を 注いだ

   茅で作った蓑を着せ 
   子供の身体を護持したので
   ふらふらと歩くその子を
   村人たちは止めることができなかった

   が それでいいのだ

   水瓶から柄杓で水を汲み
   子供は その屋の病人の枕元に立った
   口元に水を垂らすと
   病人の荒れた息が 穏やかになった

   子供はそこで正気づき
   わけもわからず 大声で泣いたが
   戻ってきたことを 
   叱られることはなかった

   人身御供の子供は
   芒の神の遣いとなって 帰ってきた
   
   そのように 村人たちは考えたのだ
   捧げられた子供に 満足した神が
   悪疫を癒すため 神水を恵みくださったのだと


それ以来、悪い病気が流行ると、子供が連れて来られるようになったのだと、あの子は憂い顔になりました。


   連れて来られる子供は
   いつも 寂しい悲しい子供だった

   (てて)無し子 母無し子
   沢山いるきょうだいの 末っ子
   身体の弱い子

   村の中で いらない子

   ……
   
   正直に言うと 子供を見れば 
   少しだけ心が浮き立った
   我は やはり寂しかったのだ
   最初の子供が来るまでは 
   我も 知らなかったが

   いつも子供は 大人たちに追われてくる
   村々の者どもは それが我の心に叶うのだと思っている
   
   違うのに
   
   追われる子供が かわいそうで
   だというのに
   少しだけ 待ち望む気持ちもあって

   我はときどき 自分の心がわからなくなった

   だが すぐに冷める
   我のように追われてきても
   子供たちは 我と同じではない
   同じではないから

   我を怖がる

   それでも 遊んでくれないかと
   怖くても 我と遊んでくれないかと
   薄の葉で船をつくり お手玉をつくり
   そこらで飛び跳ねている 虫を模って

   小さな茅葺きの小屋をつくったときは
   喜んでくれた 子供もいた
   遊んではくれなかったが

   みんな 里に返した 全てを忘れさせ
   天地の神々の御力の宿る 朝露を持たせて 

   そのように 時折りの人身御供は続き
   流行り病の無いときは
   十年に一度と勝手に決め 送られてくるようになった
   寒い季節 薄が枯れる頃
   子供を捧げて 来春の弥栄を願ったものか

   そんなものがなくても
   我がここに坐すかぎり 芒の絶えることはないのに
   勝手に願い 勝手に貢物を送ってくる
   見返りを期待して

   茅は 薄は 人の暮らしになくてはならないもの
   それ故 細ったりすることを恐れていたのだろう


昔の茅葺きの屋根は、茅場で刈った茅、薄を使っていたのだと、前に言いましたね。茅葺き屋根は、一度葺けば何十年も保つ反面、火に弱く、また、強風で吹き飛ばされることもあり、常に大量の薄を確保しておく必要があった。その他にも、農耕用に飼っていた牛の餌にもなり、今とは違い、茅場はとても大切なものでした──もちろん、これは後から本で読んだりして知ったことだけれど。

そのときは、あの子が言うならそういうことなんだろうと、僕はただ聞いているだけでした。


   頑丈な身体で日を浴びて
   風に吹かれて 手足を伸ばす
   それだけで 我は満ちていたはずなのに
   勝手な貢物のせいで
   心に欠けができた

   寂しいのだ

   かといって 我は求めはしなかった
   ただ 待つだけで

   我のために 追われてくる子供
   遊んではくれぬが 言葉を交わすこともある
   たまには 笑い顔を見ることも

   ああ
   早く来ぬか 十年はまだか
   だが かわいそうだ
   追われる子供は かわいそうだ
   中には 転んで死ぬ子がいる

   それも我のせいにされ
   益々恐れられ
   ああ
   
   だが 来ぬのは寂しい
   寂しい 寂しい

   そんなふうに思っていると/我はだんだん元気がなくなったようで 自分では気づかなかったが 春に萌え出す芽が小さく 細く 薄の葉が少なく 艶もなく /
   我自身である薄に 元気がなくなったようで
   あれほど強く繁っていたのに
   どうしたことだと
   古主様が 来てくださった

   我の話を聞くと
   古主様は 饅頭をくださった
   そなたに与えた あの饅頭を

      そちを見ても 怖がらぬ子がいれば
      妻問いをせよ

      承諾したなら これを与えよ
      子が全て食したならば
      そちと ずっと共に在れるであろう
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