第208話 俺は稀有な人?

文字数 1,903文字

「真久部さんたら、また怖がらせようとして。やだなーもう」

軽く詰りながら、俺は茶菓子をひとつ頂いた。○セイのバターサンドはいつ食べても美味いなぁ。

「まあまあ、あちらがそのようにおっしゃるんですから」

真久部さんはにっこりと笑う。

「でも、それとこれとは違うといいますか──。判断基準がそういう超自然的なものによるのだとしても、持ち込んだもの以外持ち出してません、と実際目の前で見てもらってお互いに確認する作業は、何でも屋さんにとって意味があると思うんです」

「……」

バックパックみたいな、外から中身が見えない入れ物ものを持っていて、そこに何か盗んだものを隠したみたいに思われたら嫌だなとか、俺が気に病むかも知れない──そういうことか。

「えっとね。こちらにしてみたら、」

こちらって、この場合、何でも屋さんと僕のことですからね? と念を押してくる。目が笑ってるよ、真久部さん……。別にいいけどさぁ。

「そう、こちらにしてみたら、何かを持ち出せば蔵が家鳴りする、なんてことのほうが信じられないわけですよ」

うんうん、と俺はうなずいた。そんなのってホラーだと思う。

「今のところはね」

「え? それはどういう?」

思わず突っ込んだけど、微笑みだけでさらっとかわされる。

「……」

「だからね。求められずとも、潔白であることを眼で見せておくというのは、こちらの誠意であり、いらぬ疑いを晴らすための現実的な対処だと思うんです。──あちらも、好きで疑いたいという訳ではないようですからね」

世の中には鞄の持ち込み禁止の古本屋もありますし、国会図書館だってB5版以上の大きさの不透明な袋物は不可ですし、と続ける。

「あちらからそれを求められたわけではありませんが、こちらの気分的にね? 手の内を全てさらけ出してスケルトンな気分?」

そのほうが気楽じゃないですか、そんなふうに言って微笑む。

「……まあ、そうかもしれませんね」

お茶を啜ることで、俺は溜息をごまかした。

「真久部さんがそこまで配慮して、俺と水無瀬さんの間を取り持とうとするのは、水無瀬さんから今後も何かお仕事を頼まれる可能性が高いから、ということでいいですか?」

「ええ」

真っ直ぐに俺を見返し、はっきりと真久部さんはうなずいた。

「あちらにしてみたら、何でも屋さんは“泥棒製造機”に入って無事に出て来た稀有な人なわけですよ」

「そんな大袈裟な……」

まるで、どっかの危険な紛争地から生還した人みたいに。

「でも、水無瀬さんからすればそうなんです」

そう言って、苦笑する。

「何でも屋さんにしてみれば、あまり気分のいいものじゃないというのはわかります。でも、一度信頼関係ができれば、水無瀬さんはとても良い顧客になってくれると思うんですよ。──蔵の収蔵物の整理を自分一人でするのは無理だから、せめて誰かに手伝ってもらうことができたら……と、そんなことを、まるでとうてい実現できない、不可能なことのようにおっしゃっていてねぇ、気の毒になってしまって」

「俺は試されたんでしょうか?」

真久部さんは首を横に振った。

「僕は自信を持って何でも屋さんを送り出したんです。この人を信用できないなら他に信用できる人はいませんよ、という気持ちで。──だから、試したとすれば、水無瀬さんを試したということになるんでしょうねぇ」

合格ですよ、と微笑む。

「蔵の家鳴り云々はなくても、言葉を交わし、その仕事ぶりを見れば、何でも屋さんが誠実な人だということはわかるはずです。それでも信用できないというなら、疑心暗鬼に囚われて大事なことが見えなくなった気の毒な人ということですから──、今後も誰も蔵に入れることはできず、水無瀬さんお一人で頑張るしかなかったでしょう」

「……」

「昨日の電話では一応ね、蔵の整理をお願いするのは、月一回程度、何でも屋さんの都合の良い日でいいとおっしゃってるんですよ。もちろん、嫌なら無理は言いませんが──、月一回ならスケジュール調整もしやすいでしょうし、あちらは充分な謝礼をするとおっしゃっている。ということで、何でも屋さんは定期収入が期待できるし、水無瀬さんは信用できる人材に作業を手伝ってもらえる。お互いにWin-Winの関係になれるんじゃないかと」

どうでしょう? とわざわざ子供みたいに首を傾げてみせるので、俺は思わず笑ってしまった。

「もう、敵わないなぁ、真久部さんには」

「それは僕の台詞ですよ」

にーっこり。

「……」

どうだか、と思いつつ、もうひとつバターサンドの包装を解きながら、俺は小さく溜息を吐く。怪しくて胡散臭くてどうしようもない人なのに、真久部さんを憎めないのは、こういうところなんだよなぁ。はぁ……。
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