第202話 3 終

文字数 2,085文字

「……!」

商店街のアーケード、天井やあちこちの店から投げられる複数の明かりに、銀の柄に彫られた麒麟の丸い目がきらりと光る。──なんかワクワクツヤツヤしてる……。こいつは刀というか肥後守だけど──、呼んだら来ちゃったよ。マジかよ……。今まで知らない間に道具箱やウエストバッグに入ってることはあったけど、それは道具としての刃物が必要なときで、呼ぶなんてことしたことない……。

……
……

きっと今朝、無意識にポケットに入れてたんだよ、俺。忘れてただけさ、はっはっは!

「何でも屋さん、こんばんは!」

自分で自分を誤魔化しているところに、後ろから声を掛けられ飛び上がりそうになった。そろっと振り向くと、う。顔見知りのお巡りさん。自転車引いてる。警邏かぁ……。

「どうしたんですか、そんなところで立ち止まって。気分でも悪いんですか?」

心配そうな、──探るような、警察官の眼。

「い、いえ、何でもないです」

俺は慌ててへらりと笑ってみせた。“御握丸”持ってるの見つかったら、下手したら銃刀法違反で署まで連行されてしまう……。今日は刃物が必要な仕事じゃなかったからな。チキリを押さえてないと刃を出していられない肥後守とはいえど、こんな刃渡りの大きいの、目的もなく持ち歩いてるって見咎められたら……。

──護り刀の携帯なんて、今の時代認められないんだよ、真久部さん!

背中にたらりと汗をかく。

「──たこ焼き食べたかったのに、買うの忘れたの思い出して。でももう戻るの面倒だし……、なんてね。そんなつまんないこと考えてただけです」

行くか戻るかどうしようってとき、ついつい立ち止まってしまいます、と続けると、納得してくれたようだ。ホッ。

「……あれ? そういえば一緒にいた男性は?」

ふ、とお巡りさんは周りを見渡した。

「へ?」

俺、一人だったけど?

「立ち止まった何でも屋さんを、心配そうにのぞき込んでた人がいたような……」

自分でもはっきりしないようで、また、あれ? と首を捻っている。

「背の高さも同じくらい、体型も、うつむいた感じも似てて……服の色は……」

警察官としてのプロ意識か、必死に記憶をたぐっているようだけど、服の色、思い出せないらしい。

「……」

制帽の下、ぐぐっと眉間にシワが寄る。

「……白? いや、ベージュ……黒……?」

「……」

……はっきりしないのは仕方ないと思うよ、それたぶん普通は見えない(・・・・・・・)俺の双子の弟……兄である俺にも見えないけど。しかし、服は曖昧かぁ。経帷子とかだったら寒いから、ちゃんと冬の格好しててほしいな……もう寒さとか感じないのもしれないけど……真久部さんの言うように、本当に俺の護りについてくれてるんだなぁ……。

「──すれ違った人を、見間違えたんじゃないですか? それか、そこの服屋のウィンドウに映ったのがそんなふうに見えたのかも。奥に鏡があるし……」

目の錯覚じゃないですか、と言ってみたけど、納得できないみたいだ。

「うーん……」

「だって、ずっと見てたでしょ? その間にここから離れた人いました?」

「……」

ゆっくり首を振りながら、眉間を揉む。

「お疲れなんですよ……夜勤が続いてたとか?」

肩を落とし、お巡りさんは力なく溜息を吐いた。

「──昼に、寝てるとこ叩き起こされましてね。ちょっと事故の後始末に借り出されて……」

ローテーションが狂って、いま警邏ですよ、と苦く笑う。

「ああ……大きな事故があったそうですね。寝る暇も無いのは大変だなぁ……。いつもお仕事ご苦労様です」

善良な市民として労いつつ、自転車を間に、肩を並べて歩き出す。──進行方向同じなんだからしょうがない。

「ありがとうございます。──そうそう、何でも屋さん。隣町に露出系の変質者が出たらしいんですよ。こっちではまだそういう情報ないんですけど、もしこのあたりで不審者を見掛けたら、是非ご連絡くださいね」

「わかりました。俺、仕事柄、外出歩くこと多いですからね。もし変な人を見つけたら必ず通報しますよ」

「お願いします。何でも屋さんは実績がありますからね」

「いやいや~」

あははー、なんて笑いつつ、主に防犯系の世間話をしながら、平常心を心がけてお巡りさんとアーケードの出口までご一緒した。内ポケットの“御握丸”が見つからないよう、戦々恐々としてたら、怖いことなんかすっかり忘れてしまった。

そんなわけで“御握丸”、お前のお陰で助かった! そして弟よ、ありがとう! ──不甲斐ない兄でごめん。








その夜の夢は、あんまり覚えていない。でも、恐れていたような悪夢じゃなかったと思う。

小さく砕ける波から、白い真珠が生まれるのをぼんやり眺めていた。連なる波の押し寄せる、見渡す限りの遠い浜辺。

真珠は音符になり、現れた和装の見知らぬ老人が指揮棒のように煙管を振ると、不思議な規則性をもって連なる。もう一度振ると、それらはひとつずつ淡くやさしい光となって空に昇り、オルゴールの音となって地に降りそそいだ。

老人が煙管を降るたび、波から真珠がほどけてこぼれる。こぼれた端から音楽になるのを、とても静かな気持ちで眺め、そして聴いていた。

隣には、弟もいたような気がする。
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