第139話   鳴神月の護り刀 8

文字数 1,546文字

「いや、きみのこと、ソレが気に入ったらしいのは昨日のことでわかってたんですが」

ようやく本当に真面目な顔に戻って、真久部さんは言う。

「ソレはが暴れるのは一応、ソレの刃の美しさ、鋭さ、鞘の見事さを褒めなかった者が、普通の肥後守のように扱おうとしたときだけだったんですよねぇ」

「いや、でもこれって肥後守……」

ちょっとした作業をするときのための小道具。竹とか固くない木を削ったり、邪魔な小枝を払ったり、鉛筆削ったりするとき使う、和式折り畳みナイフ──。

「釣りに行って、川魚を捌いた人には、褒められなくても普通に使われていたらしいけど」

「……」

「それを借りて竹細工の簡易湯呑みを作ろうとした人は、どうやってか利き手をぐっさりと……。このとき指を落としたりしなかったのは、その前に魚の身を切って機嫌が良かったからだろうねぇ」

「……」

「竹ひごなんか削ろうものなら、ほら、アニメのル○ンで石川五右衛門の末裔が吐く有名なセリフがあるじゃない?」

──また、つまらぬものを斬ってしまった

「そういう気分でやさぐれたのか、鞘の中に刃を仕舞いこんだまま出さなくなって、無理に出そうとした人の額を、こう一文字に──」

傷のわりに出血が多くて、(・・)が悪いと何度目かにまた売り払われてしまったわけですが、と真久部さんは呆れたように俺が手に持ったままの“御握丸”を見る。

ハッとして、俺は突っ込んだ。

「いや、それって“きる”の漢字が違いませんか?」

こんな小型の刃で、斬る、はないだろう、斬るは。

「何でも屋さん……、あんまりキルキル言うと、そこのランタンが趣味の悪い喜び方するからやめましょう」

何で斬るとか切るがいけないんだよ、と思いながら真久部さんの指さすほうを見たら、色付き硝子を使って絵を描いた古ぼけたランタンがあった。図案の、帽子を被った外人のオッサンが、ニヤニヤしてるように見える……。あ! きる、ってKill? そういうこと?

眼を上げると、真久部さんがかすかにうなずいてみせた。──コメントは控えよう。

「そんなわけで、いい品なんだけど……骨董品なんだけど……と、誰かの手から手へと渡り歩き続けて百年余り。ここ五十年ほどはまともに使われることもなく、切れても使えない“切れんの守”から“麒麟の守”なんて呼ばれ敬遠されながら、やっぱりうちでも売り物にできなかったわけですがねぇ……。昨日は、ほら。何でも屋さん、純粋に心から褒めたでしょう?」

いや、本当に立派な刃だと思ったし。刃紋もきれいだと思った──だって、そんな曰くつきだって知らなかったし……。

「しかも、鞘の彫り物より刃のほうを特に褒めたでしょう?」

そうだったっけ?

「うれしかったみたいですよ。だからあんな悪戯したんでしょうけど」

真久部さんは小さく溜息をつく。いくら痛みを感じさせなくても、たとえすぐに傷を治そうとも、普通は何もしないのに切られたら怖がられるじゃないですか、と続ける。

「好きな子の気を惹こうとするような子供っぽいやり方ですが、あんな目に遭ったら、普通は怖がりますよ。でも、何でも屋さんは怖がる前に、自分の不注意だって言ったでしょう?」

「……昔、弟が指を切ったのと同じ状況で、同じような場所が切れたんで、ああ、うかつなことしたなーって。父に注意されたことを思い出したりして……」

あの瞬間は刃物怖いとかじゃなしに、刃物の扱いはやっぱり気をつけないとダメだな、と思ってぼーっとしてた。全然痛くなかったし。

そう言ったら、真久部さんが微笑った。

「そういう考え方だから、余計にソレ、いや“御握丸”は何でも屋さんのこと気に入ったんだろうねぇ……」
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