第163話 寄木細工のオルゴール 1

文字数 2,347文字

大きな猫じゃらしみたいな埃取りで店の品物をくすぐっていると、抗議するみたいに古時計の音が大きく鳴った。

 
 ボーン……
 カッチカッチカッチ……


そっちもかまえってか? 嫌だよ、遊んでるわけじゃないんだから。繊細な金彩蒔絵の漆塗り箪笥だから、表面くすぐるみたいに埃取りを動かしてるだけ。ほら、軽く、軽く……。

「……」

慈恩堂の店番は、今日も暇だ。

「……次は小物たちの埃、払おうかな」

なんとなく呟いて、帯留めや根付を置いてあるエリアに向かう。時計にはかまってやらない。店主の真久部さんから言われてるんだ、妙に自己主張してるように感じるものがあったら、敢えて無視してください。調子に乗りますから、って。

気のせいでいいんですよ、なんて怪しい笑みで言われたらさぁ……。気のせいで判断して大丈夫、何でも屋さんなら間違いない、なんて……。

煽ててるの? 信頼なの? どっちなの、真久部さん!

聞きたかったけど、もちろん聞かなかった。雉も鳴かずば撃たれまい、鳴かぬ蛍が身を焦がす──、は季節も意味も違うな、あっちは蝉と対だし。今は冬だ。年末だ。

そう、年末で大掃除とかしてて、お宝っぽいものが見つかる季節なの。今日はそういうのの目利きを頼まれたんだって、真久部さん。先代にはお世話になったから、としぶしぶ出かけて行った。娘さんたちのほうはどうも好きになれないって、珍しくぼやいてた。

まあ、世の中いろいろあるわなぁ。

細かい品物の上で埃払いを小刻みにふりふりぱさぱさしていたら、陶器で出来た白い兎の帯留めがこころなしか気持ち良さそうに艶々して……これ、可愛いんだよな。足の裏もちゃんとつくられてて。隣で小さく身をくねらせる鯉も生き生きとと──。

小物の埃払いはこの辺にしておこう。──鯉怖い鯉怖い。

トラウマに蓋をして、お茶でも淹れようかと帳場の畳エリアに向かう。途中で姫達磨が転びそうになったけど、さりげなく元に戻しておく。──髭面の姫達磨ってただの達磨じゃないのかな? 使い潰した筆みたいな髭が、妙にリアル……。

瞬きしたら嫌だなー、と思いながらさっと目を逸らせて、ついでみたいにその辺の埃も払っておく。いつも思うんだけど、埃ってどっから来るんだろう。光の中で埃がキラキラ舞い踊るように見えるチンダル現象を指して、「埃は光の中から生まれるんだよ」なんて、子供の頃嘘教えてくれたの誰だっけ。だから埃はまた光に戻るんだ、なんて──。

ちりん

ドアベルが鳴る。え? お客さん? 珍しいな、今月は。俺が店番してるときに来るのは二度目。

「いらっしゃいませ」

歓迎の言葉を。お客がいれば店内に一人じゃなくなるからうれしい。でも客は無言。しらーっと店内を見回してるだけ。

「……」

返事がなくても別にいい。コンビニでバイトしてたときにこういうのは慣れた。単純にシャイな人もいるしな。

「ごゆっくりどうぞ」

一応声を掛けて、帳場に座ることにする。お客が見て回ろうっていうのに、店の者がパタパタしてるのは感じ悪いし。こういうところはコンビニとは違うよね。あれは少人数でいかに店の仕事を回すかという……。

目の端でぼーっと観察してると、お客は小物類の辺りを見ているようだ。その近くに小物入れとか小さい箱物。あの銀のジュエリーボックスは、勝手に蓋開きそうでちょっと嫌なんだよな──。

って。

それ? それなの? 寄木細工のオルゴール。真久部さん曰く触らないほうがいいというアレにも、ついにいい飼い主、じゃなくて持ち主現る?

「……」

他には目もくれず、客はオルゴールをためつすがめつしている。ひっくり返して裏を見たり……それ、裏も表もないんだよなぁ。六面どこを見ても緻密な寄木模様だっていうのは知ってる。

モノは、縁がある人を呼ぶと真久部さんは言ってた。だから俺が心配することは無いんだろう。俺は触らないけど(ご購入というなら包装するために触るけど)、ぞんぶんに見て、触ってくださいお客様──。え? 開けるの? それ、開かないと音が鳴らないらしいけど、開けるのに何回細工を動かさないといけないって言ってたかなぁ。初見で開けられるなんてすごい。さすがご縁のあるらしい人は違う。

ん……? なんかスマホ見てる。見るのはいいけど、それ、店の品物に立て掛けるのは止めてほしい。どうしよう、注意しようかな……。あ、スマホ見ながら開けようとしてるのか。ああいうからくり箱の開け方も、動画サイトにあるかもな。でも、あのオルゴールってけっこう古いものみたいなのに、そんなのの開けかたまであるのかな……。

「開いた……っ!」

勝利の声が聞こえた。いそいそとスマホを仕舞ってる。良かったね。なんかマナーの悪い客だし、その曰くつきオルゴールを買うんなら、早く買って店を出て行ってほしい。

あの大きさの箱を包むにはぷちぷちと、あと包装紙はどうしよう、店名入りの紙袋は小でいけるかなぁ、なんて考えてるうちに、ふと気づいた。あのオルゴールって、たしか決まった手順通りに開けると音が鳴る仕掛けって真久部さん言ってたっけ。でも何も聞こえてこないから、ちゃんと開いてないんじゃ? それとも中に螺子があってそれを巻くのかな?

そりゃオルゴールなら普通螺子を巻かないと鳴らないよなぁ、と思いながら、客がそれを帳場(レジ)に持ってくるのを待ってる、んだけど、客はそこから動かない。微動だにせず手に持った箱を見つめている。え? どうした? なんかゆらゆらしてるよ、具合が悪いのか?

倒れたらまずい、そう思って帳場から出ようとしたとき。

「嘘! 違う!」

突然叫んで、客はオルゴールを放り出し、まるで何か恐ろしいものに追いかけられるように店を飛び出して行った。

ちりんちりんちりん……。

乱暴に開けられたドア、ベルだけが虚しく揺れて音を立てている。
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