第95話 お地蔵様もたまには怒る 14
文字数 2,244文字
「……」
怖い、怖いよ真久部さん。何、良いこと言った、みたいにちょっと得意そうなの? それは褒めてくれてるの? うれしいけどさ、コンキンさん、本当に怖かったんだよ?
ああ、あの時の記憶が蘇る……改心して、本当に良かったな、佐保青年よ! 俺が居合わせなかったら、君、色んな意味であの世行きだったみたいだよ。──状況から見て、多分そうだろうなとは思ったし、俺も当時真久部さんから色々聞いたけども、時間を置いて改めて言われると、結構クるものが……。
そういえば、佐保青年。あの翌日から熱出して寝込んでたって、後から聞いたっけ。俺は何ともなかったけど──そっか、真久部さんの言う通り、俺って本当に“大丈夫”だったのか。だけどさあ、やっぱり怖いっていうか……。
「これまで僕がお願いした仕事で、心身に異常が出たことってありましたか?」
「ちょっと! 怖いこと言わないでくださいよ……」
我慢してるのにぃ……。抗議しつつ、これまで頼まれたあれやこれやの仕事を思い返してみる。
「……時々、怖いと思うことはありましたよ。不気味だったり、すごく落ち着かない気分になったり、何でもいいからもうここから逃げ出したいと思ったり──」
でも、そういうのは全部気のせいですから! と胸を張っておいた。気のせいったら、気のせいなんだ! そう、気にしたら負け。ちょっと怖いくらいで、実際は何も無いんだし──仕事を途中で放り出すなんて、出来るわけないんだから。
そうですか、と少しだけ笑う男前。その笑みはどこか生温かい。俺が分かってるって分かってるって分かってるさ。でもそこ指摘しても負けだから無視。
「でも、今回のは少し違う……何でも屋さん、昨日はいつもと違うことがあったでしょ?」
ドキッ! アステア・俺とロジャース・俺のことか?
「身体が怠かったり──、重かったりしませんか?」
違ったらしい。まあ、あれは夢だし。
「頭痛がしたりは? 見た感じ、大丈夫そうに見えたから、ついホッとして気が抜けてしまったけど……」
そういえば、今日は最初から妙なテンションだったよな、真久部さん。落ち込んだ様子で、珍しくしおらしくしてるなぁと思っていたら、唐突にはしゃいでみたり。わざと怒らせるような言い方したりもしてたよなぁ……。
今はまた、心配そうにじっと俺の様子を伺っている。
「いえ、俺元気ですよ? いつもより身体が軽いくらい」
「──無理してませんか?」
黒と榛色のオッドアイが、気遣わしげに揺れている。
「今朝はすっきりと爽やかな気分で目が覚めましたけど……」
昨夜は夢も見ないで熟睡しましたよ、そう言っても、まだ何か不安そうだ。俺は健康体をアピールするために、スコーンを手に取った。たっぷりとクロテッドクリームを塗って、頬張ってみせる。
「美味しいですね、これ。真久部さんも勧めてばかりじゃなくて、一緒に食べましょうよ。せっかくのサンドイッチ、乾いてしまったら味が落ちるし」
端のほうがぽそぽそ乾燥したサンドイッチは、哀しい。そういう時はトースターで焼くといいんだけど、中身きゅうりだからな、これ。新しいうちに食べたほうが絶対美味しいと思うよ。
「──ねえ、何でも屋さん。涎掛け以外にも、他に何かお供えしてきませんでしたか?」
真久部さんはまだ何か考え込みながら訊ねてくる。せっかく淹れたお茶、自分でも飲めばいいのに。
「他にって……あんパンと線香は、そういう時の標準お供えですね」
自前で。まあ、気持ちだからさ。たまにクリームパンとかメロンパンの時はあるけど、基本的にはあんパンだ。理由? 特に無い。でも、ピザパンはなんか違うと思う。
「それだけですか? 他には?」
おしぼりで指先を拭きながら思い出そうとする。うーん、今回ワンカップ酒は供えなかったしなぁ。ん? 供えるっていうか、置いてきたのはある。
「小さい茶碗は置いてきました。こういう、石で出来たやつ。お供えじゃなくて、置いてくるようにって言われたやつだから、今、ちょっと思い出せませんでした」
これくらいのサイズ、って子供の握りこぶしくらいの大きさを両の指の輪っかで示していると、真久部さんは溜息をついた。
「気づきませんでしたか、何でも屋さん」
「へ?」
「見覚えあるはずですよ、その茶碗に」
そう言われてもなぁ。置き場所を吟味するのに悩んでて、本体はあまり見てなかったんだ。だから……ん? 石造りの、古ぼけた小さな茶碗。キーホルダーの鈴の音が響いて、月光の……。
「ああっ!」
思わず声を上げていた。前を見ると、真久部さんが、ようやく思い出したかみたいな顔してる。
「あれって、もしかして手妻地蔵の──!」
いつぞやお世話になったお地蔵様の前に、ちょこんと置かれていた茶碗。あの時、“悪いモノ”から助けてもらった後、お礼の清酒を注ぐ前に埃を払ったし、後日、感謝の清掃をした時もきれいに磨いた覚えがある。
だけど、どうして? 手妻地蔵は、ここからは遠く離れた土地の、荒地の道筋にひっそりと佇んでいるはず。
「借りてきたんだそうだよ、伯父の話によると」
苦々しそうに教えてくれるけど、その意味が分からない。
「借りて、って……。よそのお地蔵様のものを、こっちのお地蔵様の前に置いて、何になるんです? だいたい、そういうのって、勝手に持ってきていいもんなんですか?」
怖い、怖いよ真久部さん。何、良いこと言った、みたいにちょっと得意そうなの? それは褒めてくれてるの? うれしいけどさ、コンキンさん、本当に怖かったんだよ?
ああ、あの時の記憶が蘇る……改心して、本当に良かったな、佐保青年よ! 俺が居合わせなかったら、君、色んな意味であの世行きだったみたいだよ。──状況から見て、多分そうだろうなとは思ったし、俺も当時真久部さんから色々聞いたけども、時間を置いて改めて言われると、結構クるものが……。
そういえば、佐保青年。あの翌日から熱出して寝込んでたって、後から聞いたっけ。俺は何ともなかったけど──そっか、真久部さんの言う通り、俺って本当に“大丈夫”だったのか。だけどさあ、やっぱり怖いっていうか……。
「これまで僕がお願いした仕事で、心身に異常が出たことってありましたか?」
「ちょっと! 怖いこと言わないでくださいよ……」
我慢してるのにぃ……。抗議しつつ、これまで頼まれたあれやこれやの仕事を思い返してみる。
「……時々、怖いと思うことはありましたよ。不気味だったり、すごく落ち着かない気分になったり、何でもいいからもうここから逃げ出したいと思ったり──」
でも、そういうのは全部気のせいですから! と胸を張っておいた。気のせいったら、気のせいなんだ! そう、気にしたら負け。ちょっと怖いくらいで、実際は何も無いんだし──仕事を途中で放り出すなんて、出来るわけないんだから。
そうですか、と少しだけ笑う男前。その笑みはどこか生温かい。俺が分かってるって分かってるって分かってるさ。でもそこ指摘しても負けだから無視。
「でも、今回のは少し違う……何でも屋さん、昨日はいつもと違うことがあったでしょ?」
ドキッ! アステア・俺とロジャース・俺のことか?
「身体が怠かったり──、重かったりしませんか?」
違ったらしい。まあ、あれは夢だし。
「頭痛がしたりは? 見た感じ、大丈夫そうに見えたから、ついホッとして気が抜けてしまったけど……」
そういえば、今日は最初から妙なテンションだったよな、真久部さん。落ち込んだ様子で、珍しくしおらしくしてるなぁと思っていたら、唐突にはしゃいでみたり。わざと怒らせるような言い方したりもしてたよなぁ……。
今はまた、心配そうにじっと俺の様子を伺っている。
「いえ、俺元気ですよ? いつもより身体が軽いくらい」
「──無理してませんか?」
黒と榛色のオッドアイが、気遣わしげに揺れている。
「今朝はすっきりと爽やかな気分で目が覚めましたけど……」
昨夜は夢も見ないで熟睡しましたよ、そう言っても、まだ何か不安そうだ。俺は健康体をアピールするために、スコーンを手に取った。たっぷりとクロテッドクリームを塗って、頬張ってみせる。
「美味しいですね、これ。真久部さんも勧めてばかりじゃなくて、一緒に食べましょうよ。せっかくのサンドイッチ、乾いてしまったら味が落ちるし」
端のほうがぽそぽそ乾燥したサンドイッチは、哀しい。そういう時はトースターで焼くといいんだけど、中身きゅうりだからな、これ。新しいうちに食べたほうが絶対美味しいと思うよ。
「──ねえ、何でも屋さん。涎掛け以外にも、他に何かお供えしてきませんでしたか?」
真久部さんはまだ何か考え込みながら訊ねてくる。せっかく淹れたお茶、自分でも飲めばいいのに。
「他にって……あんパンと線香は、そういう時の標準お供えですね」
自前で。まあ、気持ちだからさ。たまにクリームパンとかメロンパンの時はあるけど、基本的にはあんパンだ。理由? 特に無い。でも、ピザパンはなんか違うと思う。
「それだけですか? 他には?」
おしぼりで指先を拭きながら思い出そうとする。うーん、今回ワンカップ酒は供えなかったしなぁ。ん? 供えるっていうか、置いてきたのはある。
「小さい茶碗は置いてきました。こういう、石で出来たやつ。お供えじゃなくて、置いてくるようにって言われたやつだから、今、ちょっと思い出せませんでした」
これくらいのサイズ、って子供の握りこぶしくらいの大きさを両の指の輪っかで示していると、真久部さんは溜息をついた。
「気づきませんでしたか、何でも屋さん」
「へ?」
「見覚えあるはずですよ、その茶碗に」
そう言われてもなぁ。置き場所を吟味するのに悩んでて、本体はあまり見てなかったんだ。だから……ん? 石造りの、古ぼけた小さな茶碗。キーホルダーの鈴の音が響いて、月光の……。
「ああっ!」
思わず声を上げていた。前を見ると、真久部さんが、ようやく思い出したかみたいな顔してる。
「あれって、もしかして手妻地蔵の──!」
いつぞやお世話になったお地蔵様の前に、ちょこんと置かれていた茶碗。あの時、“悪いモノ”から助けてもらった後、お礼の清酒を注ぐ前に埃を払ったし、後日、感謝の清掃をした時もきれいに磨いた覚えがある。
だけど、どうして? 手妻地蔵は、ここからは遠く離れた土地の、荒地の道筋にひっそりと佇んでいるはず。
「借りてきたんだそうだよ、伯父の話によると」
苦々しそうに教えてくれるけど、その意味が分からない。
「借りて、って……。よそのお地蔵様のものを、こっちのお地蔵様の前に置いて、何になるんです? だいたい、そういうのって、勝手に持ってきていいもんなんですか?」