第159話 煙管の鬼女 7

文字数 2,016文字

「ほら、たまにいるでしょう? それまでモテるとかモテないとかと遠いところにいたのに、何かのきっかけで急にモテ始めて、やたらと高飛車になったりする人」

「あー……」

いたな、そういうヤツ。大学のとき同じ学部にいた。どっちかというと冴えない部類だったのに、なんかのサークルに入ったら急にチャラくなって、雰囲気イケメンに変身。そしたらいきなりモテ始めて、女の子をとっかえひっかえ……俺にも合コン合コン煩かったな。“コンパの座敷童子”なんて異名を取ってた俺がいると、女の子が安心するからって。

女子にもいたっけ。ヘアメイクをちょっと変えたらすっごい美人になって、俺もびっくりした。当然モテ始めて、服装もだんだん派手になってきたと思ったら、他の地味なタイプの女子を馬鹿にするようになったっんだ。言動もやたら自己中心的になって、女子の友達減らしてた。その代わりに、いつも派手な男連中侍らかしてて……いい噂、聞かなくなったなぁ。

男子はそのうち、つき合ってすぐに捨てた女の子に刺されて重症、女子も、遊んだ男が何人かストーカー化して警察沙汰になって、それぞれ大学を辞めていった。

「貧乏人が大金に慣れないように、それまでモテなかった人間が急にモテるようになっても、そのモテに馴れないんだね。上手く使えなくて、ただ驕慢になってしまう。“六条”のもたらす太夫の美しさはまた、その驕慢を許されるくらいの美しさだった。でも、本物の太夫なら、その美しさがどこから来ているか知っている。元々の顔の美しさだけではない、子供の……禿(かむろ)の頃からの、長年の勉強や芸の研鑽、日々の努力……」

それに、なにより、と真久部さんは言う。

「贅沢な部屋に、きらびやかな家具調度、豪奢な着物や小物に囲まれているからこそ、ただの遊女が“太夫”と呼ばれるほどの女でいられる──。そのことを、よく知っていました」

どれだけ顔が綺麗でも、髪の毛ボサッっと、姿勢悪く猫背で、量販店で買って洗い晒したくたくたのTシャツにジャージとか着て汚部屋にいたら、全然美人に見えないでしょう、って、うーん、たしかに……。

「だから、どれほど驕慢に見えようとそれは演技で、本来は謙虚であり、身の程を弁えていたんです。また、それほど洗練された美しさはある意味武器、気のない相手にむやみに愛想良くはしなかった。からかったりはね。くすぐりはしただろうけど、それは無意識の香のようなものだから」

美しさは罪、という言葉があるけれど、時にそれは身を滅ぼすものになる。だから本物の太夫はその美しさの使いどころを間違ったりしない。そんなふうに真久部さんは言う。

「でも、にわか太夫はそれを知らない。するとどうなるか? 誰にでもその綺麗な顔で愛想よくする。元が売れない遊女だったから、愛想よくというより、媚びるといったほうが正しいかもしれません。媚びた笑顔で、でも高飛車に振る舞って、何人もの男たちに貢がせもした」

「……」

「格式の低い店の客はそれなりで、遊び方を知らない。綺麗な女が媚びて愛想よくしてくれるのは、商売だからだということをちゃんと理解していない。そのうち本気になってしまい、有り金全部彼女につぎ込む者も出てきた……」

そして、とうとうその日が来たんです、と続ける。ある日、かち合った客が彼女をめぐって、殴り合いの喧嘩を始めたのだと。

「もちろん店の男衆も止めに入りましたが、彼らもにわか太夫の魔性の美貌に魅入られて、それぞれこっそりと彼女に貢いだりしていたものだから、暴力に暴力で応えているうちに、だんだんおかしくなってくる。──この女、俺に惚れてるくせに他の男に色目使いやがって、とね」

「いやー、場所がら、しょうがないんじゃ……?」

風俗の綺麗なお姉さんとか、客に愛想よくて当たり前だろう? 仕事なんだしさ。昔チンピラ、今たこ焼き屋のお兄さんで、高級クラブのNo.1ホステスな彼女持ちのシンジが言ってた、「お水の女の色恋営業は、雰囲気だけ楽しむもので、本気にしちゃダメっす」って。

「その通りなんだけど、にわか太夫が美しさの使いどころを勘違いして八方美人を極め、周囲を振り回していたからね。男って、わりと勘違いする生き物じゃないですか?」

そう言ってにっこり笑う真久部さんの表情が、なんか噓くさい。

「何でも屋さんだって、そういう経験、あるでしょう?」

まあ……。若い頃はなぁ。両親を亡くしてから弟と二人、それなり苦労して大学入って試験にバイトに忙しかったから、あんまりおつきあいとかしたことなかったけど、ちょっと笑顔で挨拶されたり、親切にされたりしたら、すぐにドキッとしたかもな。そのうち、俺は単純にいいヒト枠で、あんまり意識されてないから彼女たちも自然体でいるんだってわかったから、俺も気にしないようになったけど。

「あはは……。真久部さんは?」

軽く聞いてみたら。

「どうでしょうね?」

ふふっと笑われた。──それ以上追求してはいけない気がした。
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