第129話 鳴神月の呪物 20

文字数 1,849文字

『あなたの街の何でも屋。ちょっとしたご不便ありませんか? そんなとき、お役に立ちます。まずはお試し!』と書かれた彼のチラシを思いだす。真久部が初めてこの慈恩堂の棚卸しの手伝いを頼んだときも、基本料金の八掛けくらいだった。

「そうなんですけど……」

やっぱりなんか気持ち悪くて、と彼は重苦しい息を吐く。

「ダメだよ、そんな弱気じゃあ」

真久部はわざとらしく腕を組んでみせる。

「この界隈の店は行き尽くしたって言いましたよね? うちが最後だと」

こくりと彼は頷いた。

「慈恩堂で刀剣を見た覚えは無かったから……たぶん無いんだろうなって思ってたので。でも、もしかしたら店に出してないだけで、倉庫の奥のほうに仕舞ってたりするかも、なんて……」

前にも、棚卸しを手伝ったときには影も形もなかった能の衣装が、次の店番のとき飾ってあったりして、驚いたことがあるし、と彼は続ける。

「真久部さん、いつも言ってるじゃないですか、人と物との縁を繋ぐのが自分の仕事だって。──今回の依頼人と、その人の探している刀剣、縁があるなら繋いでくれるかもしれない、って思ったんです」

だから、慈恩堂は最後の砦。──真剣な顔でそんなことを言うので、真久部はちょっと照れた気持ちになった。

「……まあ、元々無い物との縁は繋げられませんよ。今回は逆に切ったわけだけど」

ごほん、と咳払いをする。ふと目が合った鯉の香炉が、揶揄するように目を細めたような気がするので、後でヤツの一番くすぐったがる薫風鈴堂の高級香、『香十夜』を焚いてやろうと心に思う。

「ともかく。料金ぶんは充分働いたわけだから。もっと堂々と、毅然とした態度でいなくては。必要もないのに変な負い目を持ってたりすると、つけこまれますよ」

もう縁が切れたのに、いつまでもそっちを見ていると、視線に気づかれていらない縁がまた繋がってしまいますよ、と脅しておく。視線は線、線は繋がりに通じるからと。

「今こそ、いつものボケを発揮するところだよ、何でも屋さん」

「ぼ、ボケって」

「“気づいていることを気づかせてはいけない”。今回のことはもう、終わったことだとスルーすればいいんです。知らないふりは得意でしょう?」

うちで店番するとき、いつもやってることじゃないですか。そう言うと、彼はすっと視線をそらせた。──そこらへんは曖昧なままにしておきたいらしいので、真久部もそれ以上は突っ込まないことにする。

「えっと。じゃあ、あのお客の連絡先はどうすればいいかなぁ……」

下を向いて携帯を取り出し、彼は独り言のように呟いた。一応、彼もその電話帳に要注意顧客リスト、というものを作成しているらしい。どういう名称で保存しているのか、そこまでは真久部も知らないが、うちの電話番号はそこに入っていないといいな、とは思う。

「ああ、それはもう──」

削除して、完全に縁を断ったほうがいいですよ、と真久部が言おうとしたときだった。そのへんを気ままにひらひら泳いでいたあの赤い金魚が、すいっと近くに寄ってきたかと思うと、彼が手元で開いていた折りたたみ式ガラケーの、小さな画面に飛び込んだ。

 
 ぴちゃん


「わ!」

幻の水しぶきが飛び散るのを、真久部は見た。実際水が掛かったかのように驚いている彼に、そ知らぬふりでたずねてみる。

「どうしたんです?」

「いきなり待ち受けが変わって……え、金魚? 夏らしくていいけど、俺、アドレス帳開いただけなのに、何で?」

こんなの元々入ってなかったし、どっかからダウンロードした覚えもない、と唖然としている。驚きすぎて怖がる余裕もないらしい。

「え? あれ?」

金魚が底のほうに泳いでいってしまい、見えなくなったと彼は言う。

「一体どこへ……って、おわっ!」

彼の悲鳴とともに、金魚が携帯の画面から跳ねた。そのまままた店内を泳ぎ始めた金魚の、ほんの少し長くなった尾鰭を眺めながら、真久部は言う。

「待ち受け、元に戻ったんじゃない?」

「え、はぁ……」

底のほうに見えなくなった金魚が急浮上してきて、まるで飛び出すかに見えた瞬間、元に戻ったと彼は答える。

「な、何だったんだ……」

また誰やらの悪戯か、と知り合いの名を呟いていたが、それは真久部には聞こえなかった。まったくもう、とぶつぶつ言いながら携帯を操作していた彼は、またもや驚愕の声を上げた。

「え! あのお客の連絡先が、消えてる?」
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