第177話 寄木細工のオルゴール 15

文字数 2,346文字

「見た目は全面同じ柄の寄木細工の箱で、普通の秘密箱かと思っていたら、絡繰り箱の要素もあるオルゴールだというんですから、俄然興味が湧きましたよ」

「……秘密箱と絡繰り箱って、何が違うんですか? 俺、同じだと思ってたんですけど」

っていうか、秘密箱のことを絡繰り箱っていうんだと思ったんだけど、違うの?

「ああ、秘密箱は側面の動くようになってる板を何度もずらして開けるようになっているのに対し、絡繰り箱は開け方そのものが謎掛けになっているというか、秘密箱よりもっとアクティブに、押したり引いたり揺らしたり傾けたり……ものによって手法はいろいろですが、そういう開け方の違いがあるんですよ」

「へ、へえ……」

聞いても、やっぱりわからなかった。いずれにせよ、俺にはどっちも開けられないに違いない。それだけはわかる。うん。でも、アクティブっていえば……。

「えっと、オルゴールの部分が絡繰り、ってことでいいですか?」

ころころ、ころころ、転がしてたもんなぁ。斜めにして揺らすような動きもあった気がする。

「そうです。こんな複雑な仕掛けの箱は、他には未だに出会ったことないですねぇ」

箱は開けようとすれば手前までは開けられるけど、オルゴールはどうしても鳴らし方がわからなくて、諦めていましたよ、と真久部さんは言う。

「同業の先輩も、オルゴールの音は聞いたことがない、と残念がってましたね。一度目に扱ったときは転がし方の手順を書いたものが付いていたのに、二度目に出会ったときにはもう失われていたというんです」

どこかの蔵から十把一絡げに仕入れたものの中にこれを見つけたときには、驚いたそうですがね、と続ける。

「箱は、経験を積んだ今なら開けられるかもしれないけれど、もうそんな気はしない、と苦笑いしてましたね。でもオルゴールの音は聞いてみたかったそうです。一度目の時には、見せられた悪夢があまりにも恐ろしくて、とてもそんな余裕はなかったそうで……」

なんとも胡散臭い笑みでそう言うけど、あれはどうやら同業の先輩を気の毒がっているようだ。今なら聴かせてあげられるんですが、と残念そうに呟いている。

「是非これを仕入れたいです、とお願いすると、僕の顔をじっと見て、お前さんならこの道具の扱いを間違ったりはしないだろう、そう言って売ってくれたんです。もしオルゴールの音を鳴らせたら、この爺にも聞かせてくれよ、と別れ際、そう笑ってねぇ。だから先代椋西さんから転がし方を書いた紙の写しを譲っていただいて、実際転がしてみせていただいて、コツを掴んでようやく確実に鳴らせるようになったとき、その方に連絡を取ってみたんですが……」

なにぶん、僕がお会いしたときには既にご高齢でしたから、と目を伏せた。

「後日、お宅に伺って、仏壇の前でオルゴールを鳴らさせていただきました。息子さんが快く承諾してくださって。それとお父様の思い出話を少し。息子さんは骨董古道具とは全く関係のない仕事に就いていらっしゃるそうです。お前は古い道具と係わらないほうがいいと言われたと、苦笑いした顔が、御父上にそっくりでねぇ」

「……そういう出会い、いいですね」

思い出を語るその顔がいつもより少し寂しげで、この人にとってそれはとても印象深い出来事だったんだろうな、と想像する。

年齢不詳に見えるけど、十年前なら真久部さんだって今よりもっと若かっただろう。もしかしたら初々しかった、かもしれない。──手強い開けにくさは今と変わらないだろうという、この寄木細工のオルゴールの出来立てと同じくらいには。

「そうですね……まさに一期一会でしたよ……」

そんな微妙に失礼なことを考えている俺をよそに、どこか遠くを見ている真久部さんは、何か考え込んでいるようだ。

「一期一会を繰り返して、今がある。人とモノとの出会いがあれば、人と人との出会いもある。それぞれとの別れも。良い出会いと良い別れであればいいけど、そうでないこともあり……」

深く溜息を吐く。

「先代椋西さんにとって、この道具との出会いと別れは良いものでした。元々開けるつもりがなかったし、演奏するための手順、転がし方を記した紙は付いていたから、オルゴールの演奏を楽しめた。その前の持ち主からも穏便に譲ってもらったと、確かそう聞いていますから、その人にとっても良い出会いと別れだったんでしょう」

「次の人は……?」

骨董仲間に譲ったって、さっき真久部さん言ってたよな。

「出会いは良いものだっただろうね。長く持っていても、きっと先代椋西さんと同じように良い関係でいられたでしょう。でも、その方のご父君にとっては、少しだけよくない出会いだった。変な男に騙されて、息子に黙って売ってしまって、そのことでケンカのひとつもしたでしょうから」

でも、それくらいで済んで良かったともいえるから、次の持ち主さんからすれば、そう悪い別れでもなかったかもしれないね、と続ける。一番悪い出会いと別れをしたのは、ご父君を騙して安いお金でこの道具を手に入れた男でしょう、と。

「いつ、どこでどういう出会い方をしたのかわかりませんが、当時の持ち主だった先代椋西さんを探し当て、しつこく譲渡を迫るくらいの執着ぶり……。先代がどんな条件を出されてもその男にこれを譲らなかったのは、こいつはダメだ、と思ったからだそうなんです。ギラギラとした欲望丸出しで、ひとつの道具として──難しい秘密箱として、変わったオルゴールとしてのこれを欲しがっていたのではなく、中に入っているであろう“何か”を欲しがっているようだっと──」

この男に渡したら、その“何か”のために壊してでも開けようとするだろう、そう思えてならなかった、と先代が苦い顔で語っていたのを思い出します、とそう言う真久部さんも苦い顔だった。
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