第334話 芒の神様 13
文字数 2,093文字
俺は酷い顔になっていたようだ。真久部さんが困ったように小さく笑って、大丈夫、と言うように軽く首を振る。
「ただ、僕は饅頭を全部食べたわけではなかった。伯父はそこに希望を見出して、様々な対策をしてくれたようです。やたらにしょっぱい……まあ、実際ただの濃い塩水だったんだと思いますが、そんなものも飲まされた覚えがあります。──医者と弟夫婦に怒られていましたが」
それでも、当 時 は 伯父さんに懐いていた真久部さんは、その塩水を飲んだそうだ。
「すると僕は急に眠くなって、寝入ってしまった。そういった成分は入っていなかったということですがね。そして──僕は夢を見たんです」
見上げた空は、太陽は見えないのに不思議に明るかった。
白い雲がどこまでも広がっていて、ところどころに淡い金色や薄い茜色が入り混じり、明るいのにちっとも眩しくない。
ああ、あの場所だ、と思い──ふんわりふわふわ輝くあの薄の穂は、やっぱり空に上って雲になるのかな、なんてことをぼーっと考えていました。
そなたには、やさしい父御 と母御 、伯父御がいたのだな
気づくと、薄の中にあの子が立っていました。
うん、そうだよ。きみのお父さんとお母さんは?
父は知らぬ。母は身罷った。
みまかった、って何?
死んだということだ。
……
昔のことだ。……泣かずともよい
そんなふうに言うあの子は、一緒に遊んでいたときとはなんだか印象が違っていて、大人っぽくなったように感じました。
そなたも、他の子供たちと同じように
無理に連れて来られ、ここに棄てるために
追われたのかと思ったのだが
ちがうよ、知らない怖いおじさんに車に乗せられたから、逃げたんだ。
きみがいてくれたから、僕、こわくなかったよ。
ありがとう、と言うと、あの子は寂しそうに笑った。
初めての妻問いであったというのに
つまどい、って何? とたずねたけれど、あの子は答えてくれなかった。その代わりのようにさあっと風が吹いて、あの子の真っ白な髪が揺れ、薄も大きく揺れたから、僕はそちらに気を取られた。白い雲と、それに混じる茜色と淡い金色は、夕日を浴びたあの子の色かもしれないなあ、なんてことをぼーっと思っていると、ようやく言葉が返ってきました。
詮無き事よ。そなたが男子だと気づかなかった我が悪いのだ
僕もきみのこと、女の子だと思ったよ。
あの子はやっぱり笑っているだけでした。
……古主様がおっしゃったのだ
寂しくば、いつか妻問いをせよと
我は元は人であった故に、一人では寂しかろうとな
ふるぬしさまって?
様、がついているからには人の名前だと思って、僕は聞いてみました。
遠い昔からこの地に坐 すお方のことよ
そうだな、そなたには偉い神様と言えばわかりやすいか
神様?
ああ。このような姿に生まれて虐められ、
母を殺され、追い立てられ、死んだ我を
古主様は憐れんでくださったのだ
……なんでそんなひどいことされたの?
村に悪疫が……ああ、悪い病気が流行ってな
それを我のせいにされたのよ
母は巻き添えだ
人であるのに人ならぬ姿の我を産んだせいで
夕焼けの色を凝らせたような赤い目が、どこか遠いところを見ているかのようでした。
むずかしいよ。きみは人でないなら何なの?
本当は、村に悪い病気が流行ったのが、どうしてこの子のせいになるのかが分からなかったんだけれど、それをどう言えばいいのか、その時の僕にはわからなかった。
何であったのだろうな?
村人たちにとっては、我は化け物だったのだろうよ
このような、人と違う色を纏って
日差しを嫌い、夜に外を歩く
ああ、そなたもその目の色で、苛められたりはしていないか?
あの子がとても心配そうに言うから、僕は慌てて首を振った。
ううん。変わってるね、って言われるけど、
いじめてくる子はいないよ。
だってね、僕のこの目は、僕の伯父さんといっしょなんだ。
日本ではほとんどの人が黒い髪に黒い目をしてるけど、
外国に行ったら、金色の髪に青い目の人もいるし、
肌の黒い人もいるし、いろんな人がいるんだよ。
テレビで見たことない?
てれび、とやらは知らぬ
我は見たことも聞いたこともない
だが、そうか。そういうものなのか……
では、そなたは追われることはないのだな
人身御供にされることも
ひとみごくう、の意味がわからなかったけれど、さっき言ったような、無理やりこの場所に連れて来られる子供のことだと、あの子は教えてくれました。
怖いおじさんが僕を連れてきたけど、
じゃあ、僕もひとみごくうなの?
いや。そなたはただ攫われてきただけだったのだ
……季節外れゆえ、おかしいと思うたに
久しく人に会うことがなかったせいか、寂しくて
我はそなたのことを
望みもせずのに、我に勝手に捧げられてきた
いつもの人身御供だと、勘違いを
あの子は苦笑いをした。
だが、そなたが人身御供でなくてよかった
寂しい悲しい子供でなくてよかった
「ただ、僕は饅頭を全部食べたわけではなかった。伯父はそこに希望を見出して、様々な対策をしてくれたようです。やたらにしょっぱい……まあ、実際ただの濃い塩水だったんだと思いますが、そんなものも飲まされた覚えがあります。──医者と弟夫婦に怒られていましたが」
それでも、
「すると僕は急に眠くなって、寝入ってしまった。そういった成分は入っていなかったということですがね。そして──僕は夢を見たんです」
見上げた空は、太陽は見えないのに不思議に明るかった。
白い雲がどこまでも広がっていて、ところどころに淡い金色や薄い茜色が入り混じり、明るいのにちっとも眩しくない。
ああ、あの場所だ、と思い──ふんわりふわふわ輝くあの薄の穂は、やっぱり空に上って雲になるのかな、なんてことをぼーっと考えていました。
そなたには、やさしい
気づくと、薄の中にあの子が立っていました。
うん、そうだよ。きみのお父さんとお母さんは?
父は知らぬ。母は身罷った。
みまかった、って何?
死んだということだ。
……
昔のことだ。……泣かずともよい
そんなふうに言うあの子は、一緒に遊んでいたときとはなんだか印象が違っていて、大人っぽくなったように感じました。
そなたも、他の子供たちと同じように
無理に連れて来られ、ここに棄てるために
追われたのかと思ったのだが
ちがうよ、知らない怖いおじさんに車に乗せられたから、逃げたんだ。
きみがいてくれたから、僕、こわくなかったよ。
ありがとう、と言うと、あの子は寂しそうに笑った。
初めての妻問いであったというのに
つまどい、って何? とたずねたけれど、あの子は答えてくれなかった。その代わりのようにさあっと風が吹いて、あの子の真っ白な髪が揺れ、薄も大きく揺れたから、僕はそちらに気を取られた。白い雲と、それに混じる茜色と淡い金色は、夕日を浴びたあの子の色かもしれないなあ、なんてことをぼーっと思っていると、ようやく言葉が返ってきました。
詮無き事よ。そなたが男子だと気づかなかった我が悪いのだ
僕もきみのこと、女の子だと思ったよ。
あの子はやっぱり笑っているだけでした。
……古主様がおっしゃったのだ
寂しくば、いつか妻問いをせよと
我は元は人であった故に、一人では寂しかろうとな
ふるぬしさまって?
様、がついているからには人の名前だと思って、僕は聞いてみました。
遠い昔からこの地に
そうだな、そなたには偉い神様と言えばわかりやすいか
神様?
ああ。このような姿に生まれて虐められ、
母を殺され、追い立てられ、死んだ我を
古主様は憐れんでくださったのだ
……なんでそんなひどいことされたの?
村に悪疫が……ああ、悪い病気が流行ってな
それを我のせいにされたのよ
母は巻き添えだ
人であるのに人ならぬ姿の我を産んだせいで
夕焼けの色を凝らせたような赤い目が、どこか遠いところを見ているかのようでした。
むずかしいよ。きみは人でないなら何なの?
本当は、村に悪い病気が流行ったのが、どうしてこの子のせいになるのかが分からなかったんだけれど、それをどう言えばいいのか、その時の僕にはわからなかった。
何であったのだろうな?
村人たちにとっては、我は化け物だったのだろうよ
このような、人と違う色を纏って
日差しを嫌い、夜に外を歩く
ああ、そなたもその目の色で、苛められたりはしていないか?
あの子がとても心配そうに言うから、僕は慌てて首を振った。
ううん。変わってるね、って言われるけど、
いじめてくる子はいないよ。
だってね、僕のこの目は、僕の伯父さんといっしょなんだ。
日本ではほとんどの人が黒い髪に黒い目をしてるけど、
外国に行ったら、金色の髪に青い目の人もいるし、
肌の黒い人もいるし、いろんな人がいるんだよ。
テレビで見たことない?
てれび、とやらは知らぬ
我は見たことも聞いたこともない
だが、そうか。そういうものなのか……
では、そなたは追われることはないのだな
人身御供にされることも
ひとみごくう、の意味がわからなかったけれど、さっき言ったような、無理やりこの場所に連れて来られる子供のことだと、あの子は教えてくれました。
怖いおじさんが僕を連れてきたけど、
じゃあ、僕もひとみごくうなの?
いや。そなたはただ攫われてきただけだったのだ
……季節外れゆえ、おかしいと思うたに
久しく人に会うことがなかったせいか、寂しくて
我はそなたのことを
望みもせずのに、我に勝手に捧げられてきた
いつもの人身御供だと、勘違いを
あの子は苦笑いをした。
だが、そなたが人身御供でなくてよかった
寂しい悲しい子供でなくてよかった