第180話 寄木細工のオルゴール 18
文字数 1,893文字
「え? そうだったんですか?」
ちょっと驚き。あれ? でも、真久部さんは最後まで開けてないって……。
「本当だったらどうします?」
悪戯っぽく片目を細めてみせるので、嘘だとわかった。
「へえ……っていうか、本当だったらそんなもん、店の中に置いておかないでくださいよ、って言いますよ、もう!」
冗談きついです。そう笑って返しつつも、一瞬本気にしかけたのは内緒だ……。普通は金庫の鍵なんか店の商品の中に入れておくわけないんだけど、真久部さんと慈恩堂ならそういうこともありそうなんだもん……。謎と危険な魔物 をいっぱい抱えたダンジョン・ジオンドウと、その最奥に座すダンジョンマスター・マクベ。古くて怪しい道具たちは、時々見えない呪いをドロップします……。
ってことは、臨時店員たる俺は、ダンジョンマスターの使い魔か? 俺は笑いくらいしかドロップしないよ!
なんて心の中で一人ボケツッコミしてると、本当はちょっと信じかけたのがわかっているのか、にこりと真久部さんが笑う。俺は慌ててお茶の残りを飲むふりをした。
「──そう、冗談だとわかりますよね、普通はね……。でも、聞かされた者が本当のことなんだと信じてしまったら?」
「あー……」
そっか。それが悪魔の証明と箱のロマンに通じるのか。
「件の男は、このオルゴールにまつわるどれかの話を本当だと思ってたってことですか?」
「多分ね」
真久部さんは怪しく笑む。
「何が入っていると信じていたのか、それはわかりません。でも、小さくても価値のあるもの──どこかを開ける鍵、宝石、実印、何か重要な情報を書いたメモ、小さい写真、地図……他にはそう、007ばりにマイクロフィルム、なんていうのもあるかもしれないよ?」
「……」
007と聞いた瞬間、あのテーマ曲が頭に鳴り響いて笑ってしまう。悪の組織、スペクターとダブルオーセブンの攻防。古ぼけた寄木細工のオルゴールをめぐって繰り広げられる大国間の陰謀、それぞれの使命を帯びて暗躍するスパイたち。混迷する状況の中、錯綜する情報の影に謎の美女。……この場合、その役は真久部さんになるのなかぁ?
そんなボンド・ガールは嫌だ。でも、想像すると笑える──。なんて思っていると、胡散臭く笑ってる真久部さんと目が合う。ハッ! こんなこと考えてるってバレたら怖い。真面目に考えないと。
「えーと……喉から手が出るほどその中身が欲しいなら──、開けられないなら壊してでも……と思うやつはいる、かなぁ……」
うん……。その開かずの箱の中には、失われたアークの秘密が! とか言ったら、それはそれで誰か釣れそう。ほんと、見るからに曰くありげな箱だもんな、このオルゴール。
「でもその男、壊す前に開けようとはしたんですよね? ──非業の死を遂げたというなら……」
四代目の持ち主も音を上げ、十代の怖いもの知らずだったであろう真久部さんの同業の先輩をも震え上がらせたという恐ろしい夢を見せられても、諦めなかったんだろうか?
「間違ったやり方でも、最初の数手順で止めた場合、オルゴールは夢で警告はしてくれる。でも、その前に強引に押し進めてしまったら?」
え……。
「壊れる……?」
こういう細かい細工物でなくても、合わない部分を強引に押し込んだりしたら、組み立て式家具でも途中で壊れちゃうよ。
「いいえ」
真久部さんはゆっくりと首を振った。
「**があるのに、黙って簡単に壊れるものですか。その場で一発レッドカードを出すんだよ。狼藉者には、この世からの退場を促すんです」
「─不運で不幸 な運命と、悲惨で陰惨で陰鬱な末路を語って聞かせて……?」
「そう。魔女の呪いの言葉のように」
「……」
怖いよオルゴール……。
ちゃぶ台から距離を置こうと腰を引くと、真久部さんがまあまあ、となだめるように言った。
「その者の自業自得でもあるんだよ。間違った手順でも開く、というのは、本当は板の歪みで出来る穴のことなんだ。そこをもっと無理して大きく開けようとするから、反撃される。いや、反撃というか、防衛だね。それ以上進められたら、本当に壊れかねないからねぇ……」
中身にしか関心が無くて、入れ物は壊れてもどうでもいいや、なんて考えの人間が、こんな立派な道具をぞんざいに扱ったら……窘めようにも聞く耳を持たないなら、怒られても仕方がないと思いませんか、と続ける。
「決まりごとさえきちんと守っていれば、これは特に怖い道具ではないんだよ。気難しいけど、理不尽ではない。なのに、外からでは何が入っているのか入っていないのか、想像するしかない開かずの箱の、その虚 の妄想に魅せられた者は、時に致命的な判断ミスをする」
「判断ミス……?」
ちょっと驚き。あれ? でも、真久部さんは最後まで開けてないって……。
「本当だったらどうします?」
悪戯っぽく片目を細めてみせるので、嘘だとわかった。
「へえ……っていうか、本当だったらそんなもん、店の中に置いておかないでくださいよ、って言いますよ、もう!」
冗談きついです。そう笑って返しつつも、一瞬本気にしかけたのは内緒だ……。普通は金庫の鍵なんか店の商品の中に入れておくわけないんだけど、真久部さんと慈恩堂ならそういうこともありそうなんだもん……。謎と危険な
ってことは、臨時店員たる俺は、ダンジョンマスターの使い魔か? 俺は笑いくらいしかドロップしないよ!
なんて心の中で一人ボケツッコミしてると、本当はちょっと信じかけたのがわかっているのか、にこりと真久部さんが笑う。俺は慌ててお茶の残りを飲むふりをした。
「──そう、冗談だとわかりますよね、普通はね……。でも、聞かされた者が本当のことなんだと信じてしまったら?」
「あー……」
そっか。それが悪魔の証明と箱のロマンに通じるのか。
「件の男は、このオルゴールにまつわるどれかの話を本当だと思ってたってことですか?」
「多分ね」
真久部さんは怪しく笑む。
「何が入っていると信じていたのか、それはわかりません。でも、小さくても価値のあるもの──どこかを開ける鍵、宝石、実印、何か重要な情報を書いたメモ、小さい写真、地図……他にはそう、007ばりにマイクロフィルム、なんていうのもあるかもしれないよ?」
「……」
007と聞いた瞬間、あのテーマ曲が頭に鳴り響いて笑ってしまう。悪の組織、スペクターとダブルオーセブンの攻防。古ぼけた寄木細工のオルゴールをめぐって繰り広げられる大国間の陰謀、それぞれの使命を帯びて暗躍するスパイたち。混迷する状況の中、錯綜する情報の影に謎の美女。……この場合、その役は真久部さんになるのなかぁ?
そんなボンド・ガールは嫌だ。でも、想像すると笑える──。なんて思っていると、胡散臭く笑ってる真久部さんと目が合う。ハッ! こんなこと考えてるってバレたら怖い。真面目に考えないと。
「えーと……喉から手が出るほどその中身が欲しいなら──、開けられないなら壊してでも……と思うやつはいる、かなぁ……」
うん……。その開かずの箱の中には、失われたアークの秘密が! とか言ったら、それはそれで誰か釣れそう。ほんと、見るからに曰くありげな箱だもんな、このオルゴール。
「でもその男、壊す前に開けようとはしたんですよね? ──非業の死を遂げたというなら……」
四代目の持ち主も音を上げ、十代の怖いもの知らずだったであろう真久部さんの同業の先輩をも震え上がらせたという恐ろしい夢を見せられても、諦めなかったんだろうか?
「間違ったやり方でも、最初の数手順で止めた場合、オルゴールは夢で警告はしてくれる。でも、その前に強引に押し進めてしまったら?」
え……。
「壊れる……?」
こういう細かい細工物でなくても、合わない部分を強引に押し込んだりしたら、組み立て式家具でも途中で壊れちゃうよ。
「いいえ」
真久部さんはゆっくりと首を振った。
「**があるのに、黙って簡単に壊れるものですか。その場で一発レッドカードを出すんだよ。狼藉者には、この世からの退場を促すんです」
「─
「そう。魔女の呪いの言葉のように」
「……」
怖いよオルゴール……。
ちゃぶ台から距離を置こうと腰を引くと、真久部さんがまあまあ、となだめるように言った。
「その者の自業自得でもあるんだよ。間違った手順でも開く、というのは、本当は板の歪みで出来る穴のことなんだ。そこをもっと無理して大きく開けようとするから、反撃される。いや、反撃というか、防衛だね。それ以上進められたら、本当に壊れかねないからねぇ……」
中身にしか関心が無くて、入れ物は壊れてもどうでもいいや、なんて考えの人間が、こんな立派な道具をぞんざいに扱ったら……窘めようにも聞く耳を持たないなら、怒られても仕方がないと思いませんか、と続ける。
「決まりごとさえきちんと守っていれば、これは特に怖い道具ではないんだよ。気難しいけど、理不尽ではない。なのに、外からでは何が入っているのか入っていないのか、想像するしかない開かずの箱の、その
「判断ミス……?」