第297話 疫喰い桜 11
文字数 1,952文字
「おや……?」
まだ笑いの余韻を引きずってにやにやしていた伯父さんが、ふと疫喰い桜を見て呟いた。
「今日はなかなか戻 ら な い と思ったら。どうやらアレは浮かれているようだ」
「え?」
言われてみれば、さっきより少しテカりが強くなったような──。
「何でも屋さんに、褒められてるつもりらしい」
可愛いところもあるもんだ、なんて微笑ましそうだけど。
「ラフレシア呼ばわりが、ですか……?」
他にも、こってりとか、あぶらっこいとか、ぬらぬらとか──。俺、褒めてないと思う。
「つまりは変 わ っ て い る 、ということだろう? アレはただの桜ではないと」
「ええ、まあ……」
悪戯っぽい瞳で、スタイリッシュ仙人。何が言いたいのかわからなくて、俺は曖昧に答える。
「只人、じゃなくて、只桜じゃないというか。──だからって、他の桜より価値があるとか、尊いとかは思いませんけど……」
そうだよ、さっきも考えたけどさ。俺にとってはただの……なんだろう、そう、ただのヘンな桜だ。そっと見ないふりをして、そのまま忘れてしまうたぐいの。
ふふ、と真久部の伯父さんが笑う。
「アレはねぇ、変わっている自分が大好きなのさ。他とは違う自分、特別な自分、それを誇示したいんだよ。自己顕示欲が強いともいう。アレのその欲が、妙な魅力となって同質のモノを引き寄せるわけなんだが──同類にウケてもあんまりうれしくないらしい」
「同類って……」
つまり、心の中にどす黒い怨念を滾らせてる人や、人の魂を乗り物に、報恩謝徳の桜を枯らしにくる“鬼”みたいののことですね。
「それたちは、ほとんどがアレにとってはただの餌にすぎないからねぇ。餌に持て囃されても……、ということらしいよ。反対に、同類でも餌でもない、自分とはまったく違う存在に認識されるのはうれしいようだ。自尊心が満たされるらしい」
「そ、そうなんですか」
自分のいる業界だけじゃなくて、他業界でも知る人ぞ知る、みたいな存在になりたいとか──?
そういえば俺、心の中ではいつも「伯父さんの鯉のループタイ怖い。木彫りのくせにつやつやイキイキしてて不気味」とか思ってるけど、面と向かって(?)言葉にしたのは今日が初めてかもしれない。
「変わっているとか、特別だとかいうのはアレにとっては誉め言葉で、アブラっこいとかいうのも──ああ、さっきの何でも屋さんの評、<桜界のラフレシア>。斬新で特別感があって良い、とても良い、もっと何か言ってくれと言っている」
「……」
伯父さんの期待に満ちた瞳と、ワクワクしてるようなアイツ。
「……わー、疫喰い桜ステキー」
棒読みで褒めてみたら、虹色油膜の輝きがテラッと。
「ぬらぬらぬめぬめして、すごーく気持ち悪いところがー、かっこいー」
ツヤツヤッ!
「敬遠されたり迷惑がられたりしてもー、いっさい気にしないところが誰かさんと似てて感心しちゃうー」
イキイキ!
「おや、厭味を入れてきたね」
何のことかなー、俺わかんなーい。
「脂ぎった中年オヤジの貫禄すごいしー、“鬼”喰っちゃうなんてもっとすごーい」
テカテカッ!
「そんな桜見たことなーい。桜越えてるー、ビヨンドしちゃってるー」
ギンギラギンギラ!
「──だから、ずっとここで咲いてればいいよ、この賽の河原で」
調子こいてるふうな様子になんかムカついてきて、ついそこだけ低く、真顔で言うと、疫喰い桜がいきなりのたうった、大きな魚がくねるみたいに。
「わっ!」
驚いて尻餅ついた俺の目の前で、虹色油膜がぶわっと膨らんだかと思うと──。
カラン……
「あ」
そこには、鯉のループタイが転がっていた。──疫喰い桜の艶姿 は、もはやそこに見えなかった。
「何でも屋さん、やるねぇ。どうやって元に戻そうかと思っていたのに」
くすくすと笑いながら、伯父さんはそれを拾いにいく。
「……ここにずっといるのは、やっぱり嫌なんですね」
立ち上がって尻を払いながら、俺は息を吐く。
「そりゃあねぇ。地蔵菩薩への感謝の念が慈雨となって降りそそぐようなことろだよ? アレが好むわけないじゃないか」
「浄化されるかなーなんて思ったんですけど」
そんなわけないよねー、やっぱりさぁ。“鬼”喰らうようなモノが、そう簡単に──。
「されかかってるけどねぇ」
「へ?」
まさかの存在の危機?
「だから吐かせなくちゃ」
「え? 吐いたら“鬼”が出ちゃうんじゃ?」
「ふふ。ここは報恩謝徳の桜が咲く場所。疫喰い桜のような徒花は、本来お呼びじゃないんでね」
嘘くさい笑みでそう言うと、伯父さんは俺がこれまで見た中で一番テカッってツヤツヤぬめぬめしてる(気持ち悪い!)鯉のループタイを片手で持ち、左から右へ、大きく打ち振った。
そして叫ぶ。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
また叫ぶ。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
どこかから、オエーという声が聞こえた。ような気がした。
まだ笑いの余韻を引きずってにやにやしていた伯父さんが、ふと疫喰い桜を見て呟いた。
「今日はなかなか
「え?」
言われてみれば、さっきより少しテカりが強くなったような──。
「何でも屋さんに、褒められてるつもりらしい」
可愛いところもあるもんだ、なんて微笑ましそうだけど。
「ラフレシア呼ばわりが、ですか……?」
他にも、こってりとか、あぶらっこいとか、ぬらぬらとか──。俺、褒めてないと思う。
「つまりは
「ええ、まあ……」
悪戯っぽい瞳で、スタイリッシュ仙人。何が言いたいのかわからなくて、俺は曖昧に答える。
「只人、じゃなくて、只桜じゃないというか。──だからって、他の桜より価値があるとか、尊いとかは思いませんけど……」
そうだよ、さっきも考えたけどさ。俺にとってはただの……なんだろう、そう、ただのヘンな桜だ。そっと見ないふりをして、そのまま忘れてしまうたぐいの。
ふふ、と真久部の伯父さんが笑う。
「アレはねぇ、変わっている自分が大好きなのさ。他とは違う自分、特別な自分、それを誇示したいんだよ。自己顕示欲が強いともいう。アレのその欲が、妙な魅力となって同質のモノを引き寄せるわけなんだが──同類にウケてもあんまりうれしくないらしい」
「同類って……」
つまり、心の中にどす黒い怨念を滾らせてる人や、人の魂を乗り物に、報恩謝徳の桜を枯らしにくる“鬼”みたいののことですね。
「それたちは、ほとんどがアレにとってはただの餌にすぎないからねぇ。餌に持て囃されても……、ということらしいよ。反対に、同類でも餌でもない、自分とはまったく違う存在に認識されるのはうれしいようだ。自尊心が満たされるらしい」
「そ、そうなんですか」
自分のいる業界だけじゃなくて、他業界でも知る人ぞ知る、みたいな存在になりたいとか──?
そういえば俺、心の中ではいつも「伯父さんの鯉のループタイ怖い。木彫りのくせにつやつやイキイキしてて不気味」とか思ってるけど、面と向かって(?)言葉にしたのは今日が初めてかもしれない。
「変わっているとか、特別だとかいうのはアレにとっては誉め言葉で、アブラっこいとかいうのも──ああ、さっきの何でも屋さんの評、<桜界のラフレシア>。斬新で特別感があって良い、とても良い、もっと何か言ってくれと言っている」
「……」
伯父さんの期待に満ちた瞳と、ワクワクしてるようなアイツ。
「……わー、疫喰い桜ステキー」
棒読みで褒めてみたら、虹色油膜の輝きがテラッと。
「ぬらぬらぬめぬめして、すごーく気持ち悪いところがー、かっこいー」
ツヤツヤッ!
「敬遠されたり迷惑がられたりしてもー、いっさい気にしないところが誰かさんと似てて感心しちゃうー」
イキイキ!
「おや、厭味を入れてきたね」
何のことかなー、俺わかんなーい。
「脂ぎった中年オヤジの貫禄すごいしー、“鬼”喰っちゃうなんてもっとすごーい」
テカテカッ!
「そんな桜見たことなーい。桜越えてるー、ビヨンドしちゃってるー」
ギンギラギンギラ!
「──だから、ずっとここで咲いてればいいよ、この賽の河原で」
調子こいてるふうな様子になんかムカついてきて、ついそこだけ低く、真顔で言うと、疫喰い桜がいきなりのたうった、大きな魚がくねるみたいに。
「わっ!」
驚いて尻餅ついた俺の目の前で、虹色油膜がぶわっと膨らんだかと思うと──。
カラン……
「あ」
そこには、鯉のループタイが転がっていた。──疫喰い桜の
「何でも屋さん、やるねぇ。どうやって元に戻そうかと思っていたのに」
くすくすと笑いながら、伯父さんはそれを拾いにいく。
「……ここにずっといるのは、やっぱり嫌なんですね」
立ち上がって尻を払いながら、俺は息を吐く。
「そりゃあねぇ。地蔵菩薩への感謝の念が慈雨となって降りそそぐようなことろだよ? アレが好むわけないじゃないか」
「浄化されるかなーなんて思ったんですけど」
そんなわけないよねー、やっぱりさぁ。“鬼”喰らうようなモノが、そう簡単に──。
「されかかってるけどねぇ」
「へ?」
まさかの存在の危機?
「だから吐かせなくちゃ」
「え? 吐いたら“鬼”が出ちゃうんじゃ?」
「ふふ。ここは報恩謝徳の桜が咲く場所。疫喰い桜のような徒花は、本来お呼びじゃないんでね」
嘘くさい笑みでそう言うと、伯父さんは俺がこれまで見た中で一番テカッってツヤツヤぬめぬめしてる(気持ち悪い!)鯉のループタイを片手で持ち、左から右へ、大きく打ち振った。
そして叫ぶ。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
また叫ぶ。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
どこかから、オエーという声が聞こえた。ような気がした。